第30話 デート
「ふぅ……」
やっぱ緊張するな。
「どうしたの陽斗? 深呼吸なんかして」
「なんでもないよ、母さん。じゃあ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
母さんに見送られ、俺は集合場所に向かう。
まぁ、向かうと言っても、集合場所はすぐそこ、マンションのロビーだ。
今から行くショッピングモールを集合場所にしても良かったが、方向音痴の月がそこまでたどり着けるとは思えなかったので、ここにした。
エレベーターで下に降りると、一人の少女が目に入った。
「おはようございます。陽斗君」
俺は思わず見惚れてしまった。
月は淡い水色のフレアスカートに白いレースブラウスを合わせ、肩にはベージュのカーディガンを羽織っていた。足元は白いローファーで、髪には小さなリボンを飾り、清楚で優しい印象を漂わせている。
正直、かわいい。すごくかわいい。
「お、おはよう。もうとっくに昼だけどな」
俺は動揺を隠すように軽口を叩く。
「それもそうですね。——って陽斗君? 大丈夫ですか、顔赤いですよ?」
誰のせいだ!
俺はついそう叫びそうになったが、全力で堪える。
そういえばこいつ、とんでもない美少女だったんだ。
普段から一緒にすごしているせいで、忘れてしまっていた。だが、こうやって見慣れない私服でこられると、それを実感してしまう。
心の平静を保つため、俺は一回深呼吸をする。
スーハー、スーハー、よし!
「なんでもない。じゃあ、行くか」
「そうですね」
時間も時間なので、さっさとショッピングモールに向かおう。
俺たちは、目的地に向かって、歩き始める。
「あ、そうそう」
「はい?」
「その服、似合ってるぞ」
俺は月のほうに一瞬振り返って、そう言った。
月はキョトンとした表情を浮かべたあと、フフッと笑う。
「そういうのは目を見ていうものですよ」
「うっせ」
面と向かって言ったら、恥ずかしいだろこんなの。
俺は少し照れくささを覚えながら、目的地に向かった。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールに入ると、休日だけあって人の多さに圧倒された。
子ども連れの家族、カップル、友達同士……どこを見ても楽しそうに歩いている。
「すごい人ですね……」
「まぁ、休日だしな。はぐれるなよ?」
「私は子どもですか。言われなくてもはぐれません」
「そうか。ところで、そっちは行き止まりだぞ」
「ええっ⁉」
先行き不安すぎるんだが。
「とりあえず、いろいろ見て回るか。まずはそこの雑貨屋に入ろう」
「は、はい」
そうして雑貨屋への入口に向かおうとした月だが、人混みに押されて少しよろけてしまう。
俺は咄嗟にそれを止めるが、体の向きの関係で、思わず抱きかかえる形になってしまう。
「す、すまん」
「い、いえ大丈夫です」
月は小さく頭を下げ、耳まで赤くなっていた。
俺もなんとなく気恥ずかしくなって、すぐに月から離れる。
「え、えっとありがとうございます」
「どういたしまして」
「…………」
「…………」
なんだこの空気……。
「い、いくか」
「そうですね」
俺たちはこの気まずさのなか、プレゼント選びがスタートした。
◇ ◇ ◇
「陽斗君、陽斗君。これとかどうでしょう。チーズフォンデュ機」
「でかい。高い。使わない。だめだな」
なんでそんなピンポイントでだめなもの持ってくるんだ。
というかなんで、雑貨屋にそんなものがあるんだ。雑貨って、日常生活で使用する小物や装飾品って意味だぞ。
俺はもう一度、プレゼント選びのポイントを教える。
「いいか、プレゼントは基本、二千~三千円台で選ぶのがおすすめだ。あんまり高いと、相手も扱いに困るからな。基本は、ボールペンとか、マグカップとか、日常的に使えるものがおすすめがいい。あと、お菓子とかの消えものもいいぞ」
「なるほど」
そのアドバイスを参考にしながら、月が戸棚を見回す。
そして、一つの商品を手に取った。
「これはどうですか。赤ワイン!」
「俺たち酒飲めないよな」
「これを大事にとっておいて、萌さんの二十歳の誕生日に飲むんです。そうして、高校生のことを振り返りながら、飲む酒は乙なものですよ」
「却下」
乙もなにもねぇよ。ただ困るだけだよ。
というかなんで、雑貨屋に赤ワイン置いてあるんだ。さっきから、この雑貨屋、ちょっとおかしいぞ。
このように、月のプレゼントセンスはかなり壊滅的なもので、収納スペースに困るもの、使わないもの、高価なものなど、ことごとくプレゼントに向いてないものを選んでくる。
正直、途方に暮れていた。
「今まで、誕生日プレゼントとかどう選んできたんだ?」
「プレゼントあげる友達なんかいませんでしたから」
「そ、そうか……」
反応に困るやつやめてくれ。
「あ、でも一人だけプレゼントをあげたことがあります。ただ、道端に咲いていた花を贈っただけですが……すごく喜んでくれた覚えがあります」
「贈った相手は?」
「子どものころ、唯一私に優しくしてくれた人です。あの人がいたから……私は心を壊さずにすんでいる」
月は「今ではすっかり疎遠ですけどね」と笑いながら言う。
……唯一か。
彼女——天野月という人物は、どんな幼少期を過ごしてきたのだろうか。
少なくとも、とても辛い過去だったのだろう。表情や仕草を見ていれば、自ずと分かってしまう。
「……なら、萌にも喜んでもらわないとな」
「そうですね。またご教授おねがいします」
「任せろ」
俺は月の過去についてはなにも知らない。どれだけ辛い思いをしたのかは分からない。
―—なら、せめて今の月を全力で喜ばせてやろう。そう思った。
そうして、俺たちはプレゼント選びを再開した。
「お兄ちゃん……?」
その小さく発せられた呟きは俺たちに届かなかった。
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