クビナ=シン■■ー■

あらすじ なろう基準

空白改行含まない 258文字。



「だから私は逃げなくちゃ。

おそろしいこの組織から!!」


 囚われの少女キリは気づいた。クビナ=シンジゲートでの異常は私だと。

 ――周りのみんなはクビなしだ。私だけがクビがあり、私だけが違う。そして、違うものは《クビ狩り》によってみんなとおなじクビなしとなる、と。


 噂の恐ろしさからキリは組織からの脱走を志すも、なぜだかお付きのニロがそれを阻みつづける。ニロの意図とは。キリは何者なのか?


 クビなし。犯罪組織。身分秩序。

 逃走少女とクビなし従者の闇社会(どたばた)冒険譚、ここに開幕。

 ――彼の知と彼女の力が交錯する時、この闇社会がひび割れる。





以下本文

なろう基準の空白・改行なしで3998


 真ガポール国のヨイヤミ街道を歩くものはみな奇怪。

 一様に失った頭部、墨消ししたかのように真っ黒なクビの断面。ひととき足を踏み入れれば、クビなしにされる道との噂すらある。

 それもすべて、クビナ=シンジゲートの根城ゆえに他ならない。

 

「だからきっと、わたし、ここから逃げ出さなきゃ」

 

 クビナ=シンジゲートの拠点の奥地、囚われたキリの翡翠の目は決意に漲っていた。

 それもそのはず。彼女は現在進行形で本気の脱走を試みているところだった。

 

 ――ふかふかのベット。おいしいごはん。窓から眺める絶景。生来の金髪も綺麗に手入れしてくれる。与えられた幸福の部屋を、彼女はどれも作り物めいた恐ろしい場所のように思っていた。アイスティーを沸騰させてあたかも生粋のホットティーと言い張るみたいな、恐ろしい場所だと。


 恐ろしさに気づいたのは《クビ狩り》の噂からだった。クビありだったものをクビなしにする怪物の話を聞いて以来、みんなと違うことが恐ろしくなった。それより何より……みんなの通常クビなしに私が染まることも。だから。

 

「……今日こそ逃げ切る」

 

 ガッツポーズを小さくきめる。幾度もの遊びに見せかけた挑戦を経て、クビなし警備隊はゆるんでいた。

するりするりと隙をつき、3階まで降りたった。

 42階の自室が懐かしい程遠く感じられる。

  

 ――なにより3階には、警備の目が薄い箇所に前回見つけたがある。

 このままいけば、外も近い。


「……よし」


 はやる気持ちを抑えつけて、慎重に、そろりと通路へ踏み出した。足音は立てない。警戒は怠らない、完璧な踏み出し。


 その完璧なタイミングだった。

 

「おや、ダメじゃあありませんか、お嬢様」

 

 ――声、それも、とびきりいやなもの。

 

 彼は、廊下の先にいた。

 ニロ=ベラウド、18歳。ひとまわり年の違う彼のガタイは、キリの2倍ちかい。

 迫力というか、おそれというか、目の前に与えるプレッシャーのようなものもひとまわり以上違う。彼の纏った黒いスーツは、墨のようなクビの断面とよく馴染み、黒く鮮烈な印象を放っていた。彼こそが、これまで私を連れ戻し続けた恐ろしいクビなしだった。

 

「ニロ……!! あなたは今、ごはんの準備をしてるはずじゃ」

 

 スケジュールではそうなっているはずだった。なのに、ニロは今、階下への階段へ繋がる道を塞いでいる。

 

「ええ、困ります。お食事の支度をしておりましたが、お嬢様のお遊びが始まってしまいまして。このままお食事がご準備できず、お嬢様が体調を崩してしまいましたらと思いますと……ワタクシ、身も張り裂けてしまう思いです」

 

 ニロ=ベラウドは自然に距離を詰めた。

 

「……口ばっかり!!」

 

 キリはたまらず後退をする。ニロにつかまってはならない。

 

「いえいえ、キリお嬢様がをされている時に、ワタクシが付き添わないなど愚の骨頂。何よりも差し置いて向かわなければならない重大使命でございますれば。

 それに、口ばっかりとのご指摘ですが、あいにくワタクシ、口というものがもうございませんので……」


 ニコリとした雰囲気はあるが、表情は読めない。シンジゲートの皆は、総じてクビなしだ。

 クビがないことを自覚しているものから気づいていないものまで――あるいは、五感が欠けていることの不自由をキリに気づかせるものから気づかせないものまで。


 ニロを筆頭に、キリと同じようにものを見て、ものを食べ、香りをとらえるひともそれなりにいる。だからこそ、恐ろしかった。

 できることは変わりないのに、私にはあるクビが、彼らにはない――そのちがいが、なんとなく怖い。

 そして、私をそっち側に連れて行くという《首狩り》も……もっとこわい。


「さあ、戻りましょう。お嬢様に何かあればオヤカタサマにズタズタにされてしまいます」


 物理的に、のニュアンスを滲ませて彼はさらに詰め寄る。おんなじように後退するけれど歩幅というものは残酷で、間合いはどんどん詰まっていく。

 

「戻りましょう。ご昼食のメニューは、お嬢様のお好きな冷やし担々麺を用意させております」

 

 やさしいこえにおいしいはなし……でも、今日はここで帰らない。今までの下調べとは違う。

 

「……わたし、ここにはいられないわ!!」

 

 見せかけの素敵さに、騙されきってはいられない。


 キリは真っ向から突撃を始めた。


 廊下を塞ぐように立つニロを相手に、それなりの距離から右へ左へフェイントをかける。ニロもわかってるようで、優しく手と足を広げて道を塞ぐ。

 

「逃しません」


 警戒は右にも左にも広がった。すらりと伸びた長い足を、どっしり広げて構える。だれも通さないよくな姿で、右も左も隙はない。


 ――それこそが狙いとも知らずに。

 

 キリはそれを待っていた。

 ニロが広げた、足元の隙間を待っていた。


 ニロの少し手前で両手を前に。

 いつだかテレビでみた、体操のひとの飛び込みを真似する。ちいさく「とう!」と呟いて地面に飛び込んだ。ただでさえ小さな体をさらにちいさくちいさく折りたたみ、手、頭、肩甲骨、背……と順々に接地する。クビに伝わる確かな地面の感触。


 ――デングリ返し!!

 股抜け版!!


 成功!!

 

「おや?」


 狙い通りにことが運んでキリの内心はとても明るいものだった。――ベッドで練習した甲斐があるってものだ!!

 すぷりんぐがイカれるからやめてくださいとボヤいてたクビなしもいたけど、知ったことか!!


 ふふん、と、でんぐり返し終わりの決めポーズ。内心誇らしい気持ちを隠しきれず、小さく走り出す。

 

「だいたい、クビがないから、アタマの重さも、勢いもわからないんでしょ!!」


 アタマってのは重いものだ。よく知らないけれど、本にはそう書いてあった。こうしてアタマも使ってぐるんと回るなんて、クビなしのアタマにはなかったにちがいない。


「ふむ。してやられました。ですが……」


 やれやれと言わんばかりにニロはスイッチを取り出した。そこにはまだ余裕の影があった。

 

「ただ、ここから先は危ないですので」


 彼がそのボタンをポチリと押せば、廊下の先の階段の防火シャッターががしゃんと落ちた。


「下への階段は使えません。ああ、高さもありますので、窓から飛び降りようなどとしないでくださいね。怪我ではすみませんので」


 ――知っている。ぜんぶわかってるんだその閉じ込め方は。だけど、勝機はまだ私にある。

 キリの狙いは、曲がり角をはいって見えるそれ。


「みえた!!」


「どちらへ行かれるのです……?」


 ニロもよくわからなくなっているみたいで、歩みは遅い。

 キリの目指すあれは、目の前にあるのに。


 白い箱。ここでの私みたいな、通常でない用の、箱。

 ――非常用救助袋。


 ガッコウなるものの動画で見かけたことがある。だからアレが本物にちがいない。

 その用途は単純。高い場所から、飛び降りれないほどの場所からでも安全に降りるためのひとセット。

 予習は完璧。箱を開けて、重りをなげて袋を投下して体を滑り込ませて落ちていけばいい。非常用だ。そんなに時間がかかるはずがない。


 そして開けてみれば――

 

「……え?」


 キリは呆然とした。


「ああ、なるほど。非常用救助袋とはいい着眼点です。ですが」


 呆然とするキリに、悠然と語るニロ。


「どうして、どうして……?」


 非常用救助袋が格納されているテイになっていた箱は、もぬけの殻だった。行き止まりの道で唯一の活路であったアイテム箱が空っぽ。どちらが優位にあるかは明らかであった。


「いやはや、先程のお嬢様の指摘はごもっともでした。私はアタマの重みを忘れて久しい。でんぐり返しとは思いもよりませんでした。ただ」

 

 一呼吸おいて、ニロは語った。


「それはお嬢様も同じこと、というわけです。例えば、救助袋が何のために使われるかわかりますか?」


「……火事とか、でしょ」


「そのとおりです。さすがですお嬢様。土地柄によっては地震もございますが、ここではまず起きえません。それも含め、大正解でございます」


 キリはむっとした。少しバカにされたみたいだ。


「なら、何でないの。燃えてて逃げられないのは危ないじゃない」


「お嬢様の言葉通りでございます。案外人間というものは燃えないものですが、呼吸に煙が混ざれば危険になるは必定。されど」


「……されど?」


 キリが問えば、少し楽しそうにニロは答えた。


「我々クビなしが。

 呼吸のための口も鼻もないクビなしが。

 煙で何が困り逃げるというのでしょう?」

 

 付け加えられた「なんて名目の元、整備不良のままになっていただけですがね」との言葉を以て、キリの49回目の脱走も、脱走ごっこに集約された。

 挫けぬ翡翠の目を除いて。



 ⭐︎



「という顛末で、お嬢様は無事今日もお元気に過ごされております」


「……どうにも最近脱走ごっこが人気らしいな……」


 暗がりの部屋。恰幅のよい金髪青年男性が豪奢な椅子に腰掛け、ニロはそばに仕えていた。


「ただの鬼ごっこでございますれば。お嬢様のお部屋ですが遊び盛りのお嬢様にはやや狭いご様子。至急改善いたします」


「そうか。良きようにせよ……だが、あまりにも目に余るようであれば、お前を【サン覚】に落としてもかまわんのだぞ」


「……ご随意に。オヤカタサマ。されど、あまり酷使なさいますとお嬢様にも負荷がかかるかと」


「負荷!! 負荷か!! 【ゴ覚】を統べる支配機構をそんな言葉でまとめよるか」


 大声で笑いつつ恰幅の良い男性――オヤカタサマは続ける。


「アレはそんなヤワではない……クビナ=シンジゲートのを自然に司る《クビ狩り》に負荷など笑止。それともなにか、次は味覚に別れを告げるのが惜しくなったか? ん?」


「いえ……」

 

「失いたく無くば、わかっているな? くれぐれも、キリに真実など知らせるなよ、アレがクビナシをであることも、そのクビのも、な?」


 脅しのような言葉に、ニロはにこやかに答えた。


「御意に――私のお仕えすべきアタマは、すでにひとつでございますれば。お嬢様……【クビナ症候群シンドローム】のことは、この身に代えましても」

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牧場 こむぎ栽培地 こむぎこ @komugikomugira

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