さよならから始まる
蓬葉 yomoginoha
さよならから始まる(上)
「ここに青……いや違う、美しくない……。ねえ柚麻ちゃん、ちょっと、そこの、なんだっけ、紫! 紫の絵具とって」
「え、あ、はい」
「ありがと」
今、この子、色の名前忘れた?
眉をひそめながら見つめる私の視線に気づかず、柚花は朝3時からキャミソール姿で絵を描き続けている。私と同じ、22歳だ。
「柚花! また絵具で汚して!」
母の雷が落ちた。しかし柚花はものともせずにっこり笑う。
「アートにはどうしたって悲しみと歪みが必要だよ。明るさだけのアートなんて面白くない。ゴッホを見てみてよ。あの枯れたひまわり、回る雲、星月夜。あんなに屈折した世界なのに美しいなんて面白くない? それに印象派の絵を見てよ。あんなに歪んで……」
「何言ってるのバカ。早く片付けなさい」
「今、いいとこなの!」
この子は本当にわからない。双子の姉である私が言うのだから間違いない。
さっきまであんな芸術論を語っていたのに、今はアニメの途中でお風呂に入るよう言われた子供のように駄々をこねている。
「柚麻も言ってやって」
「えっ……うんと……」
「柚麻ちゃん見て! ここの色すごいでしょ。あのね、ここで紫を使うと……」
「柚花!!」
ついに母がキレた。
「明日から一人暮らし始める人とは思えないんですけど」
夕食をとりながら妹の萌和が苦笑いする。
「インスピレーションを得たなら描くのがアーティストとしての使命だよ。萌和、覚えておきなさい」
「いや、あたしアーティストじゃない……」
「柚花、もっとゆっくり食べなよ」
私はかきこむようにごはんを食べる柚花の服の袖を引っ張った。
「だって、早く描きたい」
「絵は、明日も描けるでしょ」
「創造力は生ものなの! 早くしないと消えちゃう」
「最後の、夜ご飯なんだよ」
つい、懇願口調になってしまった。食卓に沈黙が生まれる。テレビの音だけが響いて、空回り。
父も母も妹も気の毒そうに私を見つめている。
私はなぜか、泣きそうになっていた。
しかし当の柚花だけは、頭の中の数式を組み立てて、首をひねった。
「私、まだ死なないけど」
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