第2話「攻めと守り」

教室で放課後、クラスメイトが話している時も、一人でボーッとしていた。

今日は随分頭に入ってこない。何だか今朝、市立山吹高校女子サッカー部のレギュラーのMF三津木先輩との話が何度も頭の中でリピート再生される。

その後も自分から今まで言えなかった事が次々と出てきた。思い出すより焼き付いて離れないくらい。本当に今朝は良いことがあったなぁー。

その内、もうグラウンドから色んな声が聞こえてきた。

今までずっと学校という場で、先生の授業を優先にしてきた。小・中学校の体育で見学しがちだったけど、見学なら授業での先生の審判を手伝ったり、何か代わりをその分何とか出来るものはやろうと思っていた。今は体育も授業に参加が出来るようになってはきたけど、一度に出来る部活での運動は二十五分程度。私の生まれつきの体で今はそのくらいが限度だ。

『瑞希ーー!今ライン先に超えたのはどっちの班のチームだったーー?』

『7はーーん!4班チームの足がラインを超える前、つま先で少し耐えた時に7班チームが足、超えたーー!』

『ありがとーー!じゃあ、うちの班の反則だから4班チームにボール渡して再開だね』

一応、そういった事は何となく出来た。お店でお客様から追加注文があるときや、転びそうにならないかな、と思ったりすると、お店の全体に気を配ってないといけないから。

私は教室の窓側の席に座りながら体のあちこちをゆっくり伸ばしたり呼吸を整えたりしていた。何だか今朝の女子サッカー部の三津木先輩の影響を受けていて、見様見真似で柔軟体操を始めてしまう。でも、結構見様見真似でも体がほぐれていって、運動前に体を温める、というのも今日の休み時間に繰り返していた。窓側の席は日差しが燦々としていて、心地良い。

「日差し、暖かいな・・ちょっと、ここでそのまま休もうかな・・」

入学式からまだ二日目。

こんなに、めまぐるしくてもその合間に少し休んで過ごしている。嬉しいのと忙しい時間が過ぎていく。何だか段々、気持ちが高鳴ってくる。新しいデイバッグには私の市立山吹高校女子サッカー部のユニフォームが入っている---------------。

何だか段々、気持ちが高鳴ってきた。

何だか、やるぞー!って気持ちになって来てしまう。

でも、今日は真っ直ぐ帰宅・・と思った時、

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高校の入学式の翌日、早速私のクラス一年B組に部員募集や部員の勧誘の先輩方達が来て、クラスメイトに得意な事や、前にやってた部活とか、皆今まで色んなことしてるんだな、と思った。

私が登校した時刻はその始業時間の二時間前。

女子サッカー部の入部希望者への張り紙を、中央掲示板で見つけたのは入学式の日。他の部より大分早めに貼ってあった。だから、こちらも同じく早めに行こうと、張り紙の日時より早めにグラウンドへ女子サッカー部の朝練の様子を見に行った。そうしたら、どうしても声が出てしまった。

「うわぁ、やっぱり、もうやってる・・!!動き、速っ!」

声を掛けながら、ほとんど動きが止まらない様に練習していた。私なら声を出しながら動くと言えば、うちのお店での御注文の品を運ぶ配膳くらいだ。

それからスポーツ用品店で購入したデイバッグから、ルールブックと自主練用のサッカートレーニング入門書を、ここで照らし合わせてみようと思った。その時、

「一年生?うちの部、見に来る?すぐに入部とかはいいからね。わからない事があったら一緒に考えるから」

「はい!おはようございます!一年B組野沢瑞希です」

「おはようございます!いい返事だね?野沢さんも、みづき、なんだ。私は二年F組三津木加恵(みづき かえ)。この市立山吹高校女子サッカー部の副部長だから。もっとこっちに来て良いよー」

三津木先輩はもう、練習着かな?というジャージ姿でスポーツバッグを肩に掛けていた。私と同じ少し肩に掛かるくらいの髪を結いながら、

「ベンチの方がグラウンドが見やすいから、ベンチまで移動しながら話そ」

「はい」

グラウンド脇を通りながら、二人で歩き始めたら、グラウンドに少し風が吹いていた。入学案内書で見た写真より広い。

「私の、みずきの『ず』はさ行の『す』の方なんです。けど言うと同じなので、私は三津木先輩と呼んでいいですか?」

「そっか。ゴメンゴメン。どうぞ。早朝、大丈夫?眠くない?」

三津木先輩のスポーツバッグからペットボトルのスポーツドリンクを取り出して、これあげる、と私に手渡した。

「あ、ありがとうございます。いいんですか?」

「いいの。いいの。私これあるから」

三津木先輩はバッグからスポーツボトルを出して、そう言った。

丁度、このグラウンドに早く行こうとして、自販機で飲み物を買い損ねていた。受け取ったスポーツドリンクはまだ冷たかった。

「これ、瑞希のデイバッグ?あ!これ何のキーホルダー?白くてひし形の?」

「杏仁豆腐です。デイバッグは買っておこうかなって思ったんです。通えるならと思って」

「杏仁豆腐? そういうのあるんだ?・・エ、 ちょ、ちょっと待って!!今なんて言った?」

三津木先輩はやっぱり驚きながら、急に血相を変えた。

「・・驚かせてすみません」

「ううん。そう。そうなんだ。言えないかもしれないけど、こちらも最低限の事だけでもわかってると何とか合わせられるかもしれない。それに私は専門的までいかないけど、身近で出来るくらい範囲なら、介護やリハビリのやり方の教室も私の家でやってるから」

「? 三津木先輩の家で?」

「それより大丈夫?取り敢えずよかったら、その・・」

「はい。私は生まれつき虚弱体質で、ほとんど抵抗力がありません。けど、今は大分良いです。でも出来ることがあれば教えて下さい」

「何だか、ごめんね」

「いえ。本当に大丈夫です。家では勝手が違いますが、今は学校の運動は一度に二十五分間位が限度です。なので、この部で出来るのはお手伝いくらいかもしれないです」

「そうなんだ。けど、うちの部だけじゃなく、必ずしも試合だけが部活じゃないんだよ?試合あっての部活というのもあるけど、そもそも部員同士での部活だよ?そうじゃなくても出来ることはやってみようよ? 自分からお手伝いくらいかもなんてもったいないよ。それに今瑞希はどう思ってるかまだわからないけど、瑞希はここでお手伝いだけで、きっと満足なんて絶対にしないよ?」

「え?」

「出来るのはお手伝いくらいかも、って言ったじゃない?なら、かも、て何?『出来ることがお手伝いだけじゃない!他にも何かないですか!』って瑞希が言ってきたら、可能性を求める意気込みそのものでしょ?」

「・・三津木先輩」

「まー、普段はあんまり言わないけど、やりたいものくらい、言ってよ?とにかくお互いこの先ずっと自分で知らないことでも、選択し続けるよ?その時もずっと何かや誰かのお手伝いだけ?出来ないと思っても、やれることはもうない?どこにも限度があったとしてもやるでしょ?瑞希はもうやる気満々だよ」

私がそう見えていたとは気付かなかった。

「グラウンド見て?」

そういえば私達進まずここで止まったままだった。

言われた通り私はまたグラウンドを見た。

それぞれ声を掛け合いながら一生懸命体を動かしている、としか私にはわからなかった。

その内、段々と自分があの中に入ろうと思った忘れられない事を思い出した。

「三津木先輩、私が入部希望しようと思ったきっかけのこと、言ってもいいですか?」

「うん。聞かせて?」

「入試の少し前に、初めて見たサッカーの試合のテレビ中継でした。何万人ものブーイングの中でGK、DFが必死に守り続けて、MFとFWがまた必死に繋いでゴールを決めた瞬間。私が思ったのはシュートの瞬間だけでなく、その点をとろうとしても相手チームからも観客席からのブーイングにも負けずに仲間にパスを繋いだ姿だった。私はあの光景に感動したんです。嬉しくもなりました。GKとDFが守りきって、MFとFWがパスを信じて待っていたのも、繋がっているんだと思ったんです。今は辛くても、その先の事があると信じている姿だと思いました。私は小さい時から周りの人より長く遊べないから、一人で寝込んでも平気だった。平気だったのはお店で来客してくれる人達、お客様達だった。食べながら声を掛けてくれた。何かあったら一緒に喜んでくれてし、励ましてもくれる。頼ってはいけないけれど、話もするし、いつの間にかメニューも覚えて配膳するようになると、学校の登校日以外は開店前の準備から閉店後の後片付けも出来るようになって登校日が増えていきました。私を見捨てないでいてくれたていると思ったんです。あの試合は私にとっては一人寝込んでも、治った後、楽しい思いをさせてくれるようにしてくれて、その先がある、と思わせてもらえたきっかけなんです」

「大切な事だよね」

「はい」

「勝手な言い方かもしれないけど、瑞希もそのお客様から、そういう気持ちを感じて、忘れないでいたんだよね」

「・・はい」

そう言ってくれる、三津木先輩も学校での大切な人だ。

「瑞希がチームメイトなら、このグラウンドの様子が同じ事だってわかるよ? あの中に入りたくない?入れなくても構わずにお手伝いだけ?そうじゃないでしょ?それで本当に満足しない?違うんだよ。ここで目指すものが瑞希にはあると思う。瑞希には他にもあるかもしれないけど。それでも本当にやりたいものはここでは何?この部だとしても本人の意思がなかったら学校であっても入れないんだよ?」

「・・・」

「瑞希? 瑞希はこの部でどうしたい?ずっと運動にコンプレックスがあったから、いざとなると言うに言えないけど、憧れる気持ちは私は理解るよ?確かに、お手伝いもあると思う。でもそれだけがもう、理由じゃないでしょ? 出来る事じゃなくて、その先でしょ?私は瑞希の、少なくとも先輩だよ?私自身の事もまだまだわからくても、私からは瑞希を私なりにも良くしたいと思ってる。それでも寂しいだけだよ。別々の理由の方が多いと思うしね。それがあっても良いと私自身は思ってる。もし瑞希さえよかったらね。私達からも協力するよ? グラウンドでの瑞希の二十五分間は、私達で瑞希のボールを繋ぐから。それは任せて。私も体弱かったから病気も多かったよ。今も一試合の内、半分しか体が持たない。でも少しずつ鍛えてきただけ。それでも、一応レギュラーメンバーのMFをやってる。何もかも出来る人達ばかりじゃないのは、瑞希自身も分かるんじゃない?なら、瑞希は瑞希らしくやればいいし。それで誰も文句なんかないよ。私達も同じなんだよ。最初はわからない事があっても、入部してみたら何もかもやれるとこから、やってただけ。それぞれやれるとこからやってるだけだよ?」

「三津木先輩も?」

「私も試合はね。それ以上は応援とか、味方がメンタルも体力も持つか、とか怪我しないか、味方と相手でどういう試合になるか?くらい。でもそれまではなんとしても食らいつくからね」

「・・サッカーの試合は九十分間ですよね?」

「そうだね」

三津木先輩がそこで言葉を切った。

「・・・」

「でも、瑞希はここに来たんでしょ?」

「・・・」

「それでも、瑞希も来たかったんでしょ?」

私は緊張して、背筋を伸ばして一呼吸した。

「DFをやらせて下さい!やり方はまだわかりませんが一生懸命、二十五分間はDFやります!!」

そう思い切って言ったら、三津木先輩が笑顔になった。こんなに気持ちが高ぶった事は本当にない。決心がつかない私を見捨てないでいてくれた。それでようやく私は今までの日常とは違う、部活に入れるようになった。

「うん。その方が良いよ。その声ならグラウンドでも何処でも伝わりやすい。応援も熱意も意欲も心に大きく響くくらい大きく出したら、出来るよ。味方が勇気づくよ?挨拶もとても良いしね。瑞希、とりあえず渡すものが後ろの部室にあるから」

「ハイ!」

グランンドからベンチを挟んでその奥の部室に行く途中、ちょっと歩きにくかった。

何だか緊張だらけだ。恐らく部員の人達の為のドリンクや鍛える道具?としかわからないけど、きちんと並べて置いてある。

三津木先輩はゆっくり前を進みながら、グラウンドの部員の人達を見て、私に度々、大丈夫?

と聞いてくれた。気配り上手な先輩だと思った。私にとっては気遣って、ちょっと足場が悪いだけでも、ゆっくり歩いてくれると嬉しいし安心もする。

それに言えた。言う事が出来た。

私はまず、二十五分間はDFをする私を目指そう!

それから部室の方に行くと、部室の入口から見るグラウンドはとても広い所だと思った。私はあの後ゆっくりグラウンドを見ながら三津木先輩と部室の入り口にいた。けれど、先輩はその後もゆっくり私とながら話をしてくれた。

グラウンドの部室はかなりしっかりしたものだった。ベンチ前に座るのも二列あって限りがあるけど、それが安心した。

「はい、入って・・て。 どうしたの?」

瑞希は入り口からキョロキョロ外側を改めて見て、水飲み場、ラインまではあの位、屋根は座れば雨はあの位まで、ベンチは全体が日差しに照らされるのは・・。

「いえ。うちのお店のカウンター席みたいで」

「へー。瑞希んちお店なの!何のお店?」

「中華飯店です。椅子は丸いのと、普通の椅子のタイプの二つです。普通の椅子は元々の丸い固定された椅子にお客様の人数に合わせて足して出します。今度、三津木先輩もいらして下さい」

「あ、うん。私の家は道場。鍛える時と教室として教える時があって、道場の隣には普段の生活の中で活用出来る体の動かし方の教室もしてる。重たい物を持ち上げて、運んで下ろす時も足腰痛めないようにしたり、寝たきりの方にどうしたら手伝えるかとか、体調が悪い時に体を動かして改善したり、コリとかもね」

「こうですよね?」

「え?!」

「階段を登る時に手足を歩くとは違って、右側の腕と脚、左側の腕と脚で左右同時に出すと疲れても登り易いですもんね?体調悪いときでも。あと肩こりも片手の甲にもう一方の片手の平を重ねて握って、手首を腕ごと動かしたり」

「そういう話題って、お店の人とかだといけないんだと思ってたけど?お店の中での内側の話じゃないの?」

「いえいえ。お店に来て下さい。あと、先輩の家、道場なんですか?」

「そ、そう。道場をずっとしてる家でね」

三津木先輩が慌てて言ったのが意外だった。

「でも、元々知ってる場所って、かえって伝えにくいよね?ほとんど隈無く言わないと」

「わかります!わかります!今までの学校で、まずその話を聞かれてました。『その席は何席?』『厨房は何人いる?』『開店前は何してる?』『それなら閉店後は?』『まかない料理が家庭料理になったりする?』『まかないとメニューのどっちが美味しい?』『まかないの材料は?』」

「瑞希ストーップ!」

「ハイ!」

顔の目の前に三津木先輩の両手が来た。

「それはそうと今、ポジションは瑞希が最優先だからね?まずは決めよ?でも、そんなに言われたら何て言わなきゃいけないんだ、と思ったよ?」

三津木先輩は手を下ろすと、入部届のボードを渡された。

「はい。すみません」

「いや、そうじゃないよ?謝るのは瑞希じゃないよ?」

「本当は私もそう思います」

第一希望、第二希望、第三希望、と・・。あー字が走り書きになっちゃった。

「でも、瑞希が今言ったことって私ならかなり困るな。まかないの事とか・・。言うべき事じゃないでしょ? 気になったって。お店の人達が食べるもので、お客様が食べるものはメニューだから。でも瑞希いる家とお店。何となくだけど、わかったかなー」

「そうですか?あとまかないは本当に家族とかそのお店と生活での食事です。もともとお客様も食事をする所なので比べる事なんてないです。お客様の方はお店からの食事としてお出ししてます。お店の家で言えば誰でも"家の味"は"家庭の味"です」

三津木先輩は書いてる横で心配そうに聞いてくれているようだった。先輩、さっきからどうしたんだろ?

「瑞希が起きてから寝るまで、色んな人達がいて、色んな声が飛び交っていても、それを嬉しく思う瑞希が、全部の声に答えながらちゃんと動いて働いてる。簡単に出来ることじゃないよ?」

三津木先輩は労るような目で言った。

「お店ですから」

何だか私にも出来る事があるように聞いてくれたとも思えた。

「瑞希にとっては簡単かもしれないけど、それが他の人からは一番難しいことなんだよ? きっと慣れ親しんでるから、色々聞かれても平気なだけで。普通はそんなに対応出来ない人の方が多いよ。それに体が弱くて寝込んでも来て嬉しいのは瑞希が受け入れ上手なんだよ。それが難しいんだよ?」

「・・治ればいいです」

「それでも辛いよ。治るまで。瑞希が言わないのは・・」

「・・・」

「ゴメン。私は言い過ぎだね」

「先輩の道場はどんな所ですか?」

「気を使わせてゴメンね。うちの道場は一週間の内、曜日毎に別れて鍛錬と教室をしてる。隣で体に負担をかけない生活の改善の教室、助け合いについての教室。年中行事も行っている」

三津木先輩が入部届を書いたボードを私から受け取った。

「はい。確認するね」

「はい。あの、まだよくわからなくても?」

「当たり前じゃない。入学したて何だから。自分自身の事も、学校の事も、部活の事も少しずつでいいよ。わかるとこからで。ただ始めたら、楽しいと思うよ。厳しいのもね。それは自分で選んで得られた成果だよ。だから、選ばないと何にもないよ」

その後も確認のやり取りした後。一週間の予定表を渡してくれた。

「はい。これから一緒に頑張ろ。あと、ようこそ。私もちょっと体動かすね。待ってて」

「はい」

三津木先輩は

「一旦部室から出よ?こっちでやるから」

と言って、バッグの中から自分のボールを取り出して、ベンチまで一緒に戻ると、その近くでボールを置いたら、先輩の雰囲気が急に変わった。目や表情とかだけでなく。周りに・・何て言えばいいのだろう、後ろはどう?横はどう?、何処にも相手に通らせない、進ませない、そういった存在になっていた。そのまま入念に手首足首を動かしながら腕や肩、脚や膝の動かして、体中確認しているようだった。

「(三津木先輩、スッゴイしなやか!もうアスリートだ)ホント凄い!」

その時三津木先輩が笑いながら、ちょっと顔が赤くなって、

「これくらいはね?何だか瑞希に、体中わかってもらうような感じだな」

「すみませんすみません!!」

その後もずっとグラウンドを真剣な目で部員の人達を見ていた。立ち上がって置いていたボールをサッカーシューズのつま先でクイッと上げるとそのままトンットンットンッとリフティングを始めた。一分、五分、十分、二十分・・

「(そんなに――!!)」

でもボールが落ちると。

「あーもう、こんなもんじゃ!!」

「(険しい顔)」

「あれ?瑞希どした?」

「あ!いいえっ!!」

「もしかして瑞希ってさ。? 聞いてるー?」

「・・・」

「ボールも見てるね?」

「はい・・」

「リフティング中もずっと。ボールも?」

「はい・・あと先輩も、グラウンド全体も・・」

「!! 瑞希?」

「はい?」

「お店と同じみたい?」

「はい」

「そっか。やっぱ瑞希は"見てる"ね。ちょっと待ってて。今日の私の測定の時間だから」

「???先輩、何処も時計見てませんよね???あれ・・聞こえてます?」

三津木先輩はラインの前で手を真っ直ぐ上げて、

「二年!三津木です!よろしくお願いいたします!」

「ハイ!!」

グラウンド中の部員がそこで止めて、返事をして、場所を開けた。

「(おはようございます、とか挨拶は?・・あー、とっくに終わってたのかな?全員練習している時に私来たし。三津木先輩も一年生?って言ってたから、来る人をそこで待ってたのかもしれない)」

「瑞希瑞希?こっちの動きも"よく見てて"。後で少し聞きたいから」

三津木先輩はそのままラインの中に入っていった。

「え!! あ、ハイ!」

先輩はゴール直前まで行くと、グラウンドの四分の一の所にボールを置いて、先輩は少し手前にゴールラインギリギリまで下がった。

三津木先輩の視線が、先輩の前を突き刺すように変わった。私はよく見る為、思わず立って見ていた。

静かになった。

「(顧問の先生・・?腕時計?)」

先輩が、もう一度手を真っ直ぐ手を上げた。

フィーーーーーーー!!!

え・・

ホイッスルがなると、ゆっくりと見えたのは先輩が全身を使って駆け、そのままボールを蹴る瞬間だった。

グラウンドから大きな音がした。

目の前で白い矢が飛んだようだった。

「・・・何、入ったの・・・?」

ゴールネットで先輩のリフティングの様なボールの音がほんの少し聞こえる。

それが初めて見た、MF三津木先輩のロングシュートだった。グラウンドはとても広く思えたのにあの場所から三津木先輩のキックで一瞬で反対側のゴールまでボールが飛んで入ったんだ。

先輩はもう真っ直ぐ立って、また手を上げていた。

「三津木!朝のタイムは合格!出ろ!」

「(あ、やっぱり顧問の先生だ)」

「ハイ!ありがとうございました!!」

三津木先輩が一礼し、ボールを反対側のゴールまで取りに行って部員に一礼。戻って来ると、ライン前で、もう一度一礼し、声をかけられた。

ええ!もうおしまい?!何で?!

「瑞希ー?瑞希と同じ、持たないからだよー?聞いてるー?あ、何だ、聞いてたんだ。え~と、今のがここに毎朝来た時の流れね。まずラインに入る前は準備運動、それはわかるよね?あとはラインの中の顧問の先生と部員に声を掛けてから。そうでないと知らずにグラウンドに入ると、グラウンド上で不用意にぶつかったら危ないから。それは出る時もね?ここまではいい?」

「はい」

「それと瑞希?緊張は誰も一定ではないから、すぐに取れないと思っていた方が良いよ。緊張し過ぎていたのが気づいたら、味方の誰でもいいから声、掛けてね」

「え?何でわかったんですか?それに三津木先輩、あんなに出来るんですか?でも制限あるんですよね?」

「それは瑞希も同じ。お店では動けるんでしょ?環境の問題も運動量に関係あるよね。それよりどう見えた?」

何だか三津木先輩楽しそうに聞いてきた。何だろ、この感じ・・私にもわかってきた。

「・・あ、あの、えーと、確かここから」

「うんうん」

私は三津木先輩の動きを真似てみた。

「(確か、こうだった筈・・)」

瑞希は自分であのキックの時を何とかやってみせた。としか言えない。

「こ・・んな感じ。でした!!」

三津木先輩は真っ直ぐ私を見ながら、真剣な表情のままだ。

私は今の動きだけで息切れでまともに立っていられず、手に膝をついた。蹴るのはホントにまだ慣れない。小中学校でも蹴って入れるクラスメイトって憧ればかりで、やろうとするとずっとダメだった。だけど三津木先輩が、

「やっぱり・・瑞希が今やったのは形態模写みたいなものだよ?それに全身で形態模写出来るなら、瑞希のお店でいつもしているのは、高い集中力だけど、見方を普通とは逆にした見方。視界全体をそうやって見てるね?」

「え、な、何ですか?」

三津木先輩は私より少し高いくらい、小柄でも華奢なのに、鍛えているのがわかる。そのままこちらを向いて立っていた。

私はその影の中にいた。

怖くて立てない程、緊張感があった。けどすぐに、

「ちゃんと説明させてもらっていい?瑞希の身につけているもの?合ってたら、瑞希に身につけ方、教えて欲しいから」

フワッとした、とても優しい口調とさっきの三津木先輩に戻っていた。

「はい・・。でも、三津木先輩。私で言えるかどうか・・」

「大丈夫!大丈夫!ある程度は見当ついてるから。何もかもこちらから、というのは私もないよ?一番追い込むからね。やってはいけない事。けど、あと一歩なんだ」

「先輩の役に立つ事なら。協力させて下さい」

「何だか瑞希は優しいね?」

「全部がとは思っていませんけど、出来る範囲です」

「やっぱり分かるんだ?瑞希は」

「・・・」

「瑞希なら言って良いよ?瑞希が言いたくないなら、いいしね」

「・・言いたくない事も分かるんですね?じゃあ、言います!お店では・・」

「ちょっと・・いや、本当にゴメン!」

「言っちゃいましょ?それでいいですか?同じです」

「・・うん。ごめんね・・」

「それは『ごめん大会』の時にいらして下さい。うちの商店街の行事です。だから一度終わりです!だから、言います」

「『ごめん大会』・・ハハ、うん。終わり終わり!ごめん、ばっかりじゃ、何にもならないや・・『ごめん大会』・・暗い印象を変えちゃうのもいいね。反省会じゃないし」

どうもまだまだやれない事があるのが、悔しいけど、憧れだとも思っている。

私からの『部活わからないので取り敢えずここでもこんな話題しか話せません』という雰囲気を汲んでいるような感じがした。

「うちの商店街での、励ます事を思い出してやってみる行事です」

「行事なの?!それ?!」

「行事は必ずやります。そうなったら、習慣になって。慣れます」

「あーそっか。そういう事になるのか。いいな、その行事。訓練とか練習より、身についたら、慣れて出来るようになるよね?それで行事なの・・へえ、やりたいなあ。出来たらいいね?ちなみにその行事でごめん、の側の人って?」

「"ごめん"を泣き叫ぶくらいやります。『ごめん側の人』は交代で、本人の辛い時を言わずに思い出して、相手から本当に励まされたな、と思ったら『ありがとうございました。助かりました』と言ってお互いお辞儀をして終わりです。そして次の人と交代です」

「その人辛いでしょう?大丈夫じゃないでしょ?本当の事って?」

「それでも見捨てないで助け合う事を思い出して、覚える為の行事です。行事は震災や災害、戦争、飢えや暮らしで苦しんだ時です。大変な事も、言い伝えだけじゃなく、その土地や場所で大変な時期や時代があったという事を忘れないため。それにこれから実際にそういった事があったら、助け合うのを忘れない為でもあります。一人でも大変な事はあります。それが大勢になっても同じです。助け合う事にかわりはありません。その時に泣き叫ぶ人達を、何とか泣きやむまで助け合う為の行事です」

「辛い事や辛い人を、置いてけぼりにさせない為だね?それに、目の前にそれ程泣き叫ぶ人達がいる時、何かが出来るかもしれない」

「はい」

「その為の行事は貴重だね。私も参加させて欲しいな。けど、やっぱり地域の行事なんでしょ?」

「いえ、その行事の一ヶ月前から参加希望者を募る行事のポスターがうちの商店街、日の出商店街の掲示板やお店に貼り出します。その参加希望の届け出を書いてお店の人達に渡して下さい」

「すっごい行事・・」

「あの、三津木先輩?」

「ああ、うん。それで、さっきの瑞希が身に着けていそうなものだけど、お願い!わかる範囲でいいから、教えて!」

三津木先輩が手を合わせて言った。本当にチョットでも進歩したくて、一生懸命な人だと思った。

「はい。お店では"何か一つに集中する"のじゃなくて、"全体に気を配って"います」

「えーっと、あれ?"一点に絞る"じゃなくて、全体の・・?ええ!どうするの?」

「例えば、ですけど。『お客様が転ばないようにする』なら、三津木先輩ならどうしますか?」

「えー・・『支える』、じゃあダメか。一緒に転んじゃうかもしれないし。『転びそうな物を注意するかどかす』・・?」

「『お客様ならどうするか?』です」

「ん?そう?どうするか?だけだと、瑞希はどうするの?転じゃうんじゃないの?」

「いえ。"お客様が転びそうなら、お客様が転ぶ時がわからないといけない"。それなら『お客様はその時にどうしたら転んでしまうか?』なので、その時に、というのは幾つか最初からわからないです。声も驚くお客様もいれば、耳が不自由なお客様もいます。だから、お客様を知ろうとして『お客様ならどうするか?』がわかっていないと、支えることも、物をどかす、声をかけるかも、全部わからなくなります」

「『お客様の先を読む』・・という事?」

「はい。お店で言えば、お客様が一人とも限らないですし、お店の込み具合や年齢もあります。ご注文の取り方もあれば、時間帯もありますし、季節もあります。だから一旦、集中する一点から、目に見える範囲に分散させて全体に気を配っています」

「それが出来るんだ?瑞希は」

「はい。お客様のお陰で。それに"自宅"です」

「何だか瑞希がDFを選んだのがわかったよ・・」

私も三津木先輩は、どうしてこんなに頑張る時、弱くなってしまう時があるのがわかってしまった。周りはやり過ごすだけになっている。

三津木先輩は部活の試合では頼られても、他の時はきっと仲間ハズレにされている。

実力があっても、動き続けられない時には頼られない。例え、いいように勝手に頼られていても、試合には誰でも出たい。試合で味方とボールに食らいつくから、試合では頼られる。

他ではそこを突かれ続けても頑張る人。他から頼られ続けても、三津木先輩には頼れる人が少ない。

三津木先輩が努力して実力を高めていたら、他の人達がついていけないくらいになっていた。そのくらい三津木先輩は、言っていた通り実力をつける事に食らいつく人。

それなら私が形態模写でもいい。出来る事は何だってやれば、きっと三津木先輩は一人にならないかもしれない。

努力とか才能とかはハッキリ違うと思う。

同じ努力でも、同じ時間を掛けて同じ結果になるとは言えないなら、努力のペースだってあると思う。歩くペースと同じ様に。疲れる歩き方は立ち止まって当然だと思う。疲れない歩き方なら立ち止まっても、すぐにまた進めると思う。

三津木先輩が、相手とボールに食らいつこうとするなら、と思った。

三津木先輩が攻めようとするなら。

まだ、何もわからないけど、私は守りを知る為に、全体を"見て""読んだ"ら食らいつく。

私と同じ三津木先輩を置いてけぼりにさせられない。

同じ時間でも違う人同士しかいない。

けれど、少しでも頼りたいくらい寂しくなった人を一人だけにさせるなら、もう全員の反則。反則負け。退場しかない。

周りから仲間と思う意識が急に変わってそれが当たり前とされると、やっぱり諦めたくなる。でも、諦めたら今度は孤独に自分から進んでしまう。

私が三津木先輩の初対面に感じたのは、共通点からの頼り甲斐と、他では言えない打ち明けられる仲間同士だ。

ーーーーーーーーーーー『瑞希のボール』

        第2話「攻めと守り」

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「瑞希のボール」 カンガエル(?) @thinking0802

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