「瑞希のボール」

カンガエル(?)

第1話「瑞希の風邪の特効薬」

市立山吹高校は県立高校の中でも部活動が盛んだ。けれど、部活の有名校と呼ばれる程ではない。生徒の自主性と自立を尊重する高校で、生徒間での意見交換会や他者への個性の理解や、食文化、工芸品、身の回りの文化への理解、そして異文化交流会等も盛んな学校だ。そして自立を各々の生徒が学びながら学生生活をおくっている。

野沢瑞希(のざわ みずき)16歳は市立山吹高校一年生。家族で商店街の中華飯店を営んでいる。生まれつき瑞希は虚弱体質で免疫力もほとんどない。だから、体調が悪くなると一般の風邪薬も効き目が効いて来る筈でもかえって弱ってしまう。風邪薬で回復しそうでも、薬が効く為の体力が必要で、それで体力が落ちてしまうからだ。けれど、一見してもその事はわからない。受験勉強をしていたらまた風邪で寝込んだ。生まれつき何度も寝込んでいると、寝込んでいても出来る事もある。本や雑誌を読んだりテレビを見たりしている内に、サッカーの試合中継を観始めた。

「後でスマホとかパソコンで見れるかもしれないけど、これは・・」

瑞希はサッカーの中継を観て、ハッとした。

「あの選手達、何万人ものブーイングにあっても味方の為に・・」

それは観ると、GKが体を張って必死にゴールを守り、DFも点を入れまいと、体にボールをぶつけて止め、前の仲間にパスをしている姿だった。そして前のMFやFWに的確にパスが届くと、次の瞬間、

『GoooooooooL!』

「え!こんなに・・」

一斉に相手チームのサポーターからのブーイングを掻き消し、味方チームのサポーターからの湧き上がる声援にあふれ、破裂しそうなサッカー場が映った。チームのサポーターや選手達が一体となり、その一点を入れる瞬間をどれ程祈り、待ち侘びたかが、納得して実感も伝わるプレーだった。瑞希の手がいつの間にか汗ばんだガッツポーズに変わっていた。

「ヤッタ!!!ヤッターーー!!!!」

瑞希は風邪でも飛び跳ねて喜んだら、一階のお店から、

「んー? 瑞希ちゃん?治ったのかい? 久し振りに元気な声だねーー!!」

商店街の人達が安心したように声を掛けてくれた。食べに来ていらしてたんだ・・。

私って単純だ・・。でも、いいな。サッカーやってみたい・・。

「あ、す、すみません!!ただいま出まーす!」

「いやいや、良いよ良いよーー!!それ程嬉しい番組やってたのかい? 何チャンネルーー? あれ、リモコン何処だ?」

「あ、ここにあった」

「瑞希ーー?何チャンネルーー?」

「◯チャーーン!!」

「んーーと、瑞希ちゃんの風邪が吹き飛ぶ番組は、と。あ、オオーーー!サッカーかーー!!「オイ、このままつけてろ。リモコン置いとけって。でもこりゃ、すぅごいなーー!!」

瑞希は寝間着から普段の服に着替えて、お店のエプロンをつけ、嬉しさで全身キビキビと動き、すっかり元気になって風邪は何処かに吹き飛ばしてしまった。

「ね、やっぱりそーでしょー!!」

お店の奥の階段を降りて来るとお店用のテレビを見ながら、

「ウッワーーー!この観客さん、うちの商店街来たらいいなーー」

「あんた、すぐ商売の事に頭ん中なっちゃうのはよしな!!」

「まあまあ、折角元気になったんだし。あ、瑞希ちゃん降りてきてたんだ。ホラ、エビチリ&餃子、卵スープ、えー、紹興酒のあとはやっぱし読めん、諦めた。瑞希ちゃん、ちと頼むわ」

「ハイ!」

「それにしても、何だか本当にこの観客さんの人数はさばけんわ・・あ、オイ、瑞希ちゃん来たし、乾杯しよっか!!おーい生、二十追加ーーー!!」

「ゴメン! 瑞希ちゃん。北京ダックいる?注文来たら、隣の席の医者に見つかってさあ。これ好物なのに」

「俺も医者、つってもおんなじ病気だけどねー」

「え、いいの? ヤリィ!!でも明日の日替わりは、北京ダックですよ?」

瑞希は受け取った北京ダックをムシャムシャ豪快に食べていく。

「コラ、瑞希!!あんた、もしかしてお客さんのを!」

「取ってない!!取ってない!! ホントはこの医者と話したの! 元気になったんだから栄養あるもん食わせんといかんだろう? それに、その代わり、これ何て読むの?」

「ハイ!テンメンジャンです」

「テンメンジャン・・か。北京ダックの味噌なんだ・・この黒い味噌だよね?これは?」

「チュンピンです。大きく書きますね。ハイ!これ『春餅』です!」

「僕はねー、この、えーと・・あーもう、老眼鏡曇った!もっと換気扇! あと空調は?朝一番に俺、直したよ?」

「ちょっとすみません。ああ、ついたついた。お疲れ様ー。えー、と。炸醤麺(ジャージャンメン)、かき玉、それと皮蛋(ピータン)、ミニ薬膳スープですか? さすが卵好き・・。なんか、卵にしがみついてるようなご注文・・」

「お、そうそう!それそれ!!それに、セガレはね・・」

「またメニュー取るなよ! 俺、頼めるっツーの!!」

「ダメダメ!!今日お前、誕生日だろう?親として祝いたいんだよ!!これ、瑞希ちゃん、読める?」

「誕生日?畳屋さんは・・一昨日だから、急なご注文入ったんですか?」

「ん?そうそう。総出でやりたくても、粗いのとか作っちゃうと、お店傾くから。食べてからまた、ちとやるんよ」

「俺も読めるって!!」

「じゃあ、ホレ!」

「ミニ担々麺・・・なにこれ?」

「おーーら!!」

「わかったよ!!」

「ミニ担々麺、青梗菜と海老の辛味噌炒め、皮蛋、搾菜盛り合わせですね?」

「そうだそうだ!!まーた読めんかった!」

「ええ!! お互い読めないのを渡したのかよ!」

「あの、すみません。お箸、互い違いなので・・ハイ!こちらどうぞお使い下さい」

「ウン・・・ありがと・・」

「先は長いぞーーー!!」

「もういいだろ・・」

「あい、これいつもの風邪の復活祝い! 杏仁豆腐のどんぶりと、薬膳粥、それと愛玉子」

「え、わっ!ありがとうございます!!」

「ほんじゃ、えーと、何ていうチーム?」

「あー、そこ見てなかった・・」

「まあ、いいや。そのチームの勝利と瑞希ちゃんの元気復活祝いにー!カンパーーイ!!」

瑞希にはいつものお店の光景だ。喜べることがあれば全員で。同じ商店街で働くお店の人達だから、チームといえばチーム。だから全く向こうもこちらも遠慮なんて必要ない。見ていると私は勿論飲むと言ったら・・。杏仁豆腐か。でも飲みながら笑って、話して、食べて、一日ご苦労さんとお互い労っている。

テレビから試合終了のホイッスルが聞こえた。

でも、私は何だか止まれないと思った。もう一つチームがあればいいな。今度は自分からでもチームを作れるように。

私も商店街の人達の中で、大勢のお客さんといたのは、

『生まれつきだってチームがいるよ? だから寂しがらないで?』

そう言われるなら、今度は私から言えるようになりたい。

その翌年の入試で市立山吹高校に合格した。

「今夜も杏仁豆腐かな・・?」

ーーーーーーーーー『瑞希のボール』

ーーーーーー第1話「瑞希の風邪の特効薬」

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