第24話:束の間の休息(後編)――近づく決戦


 真剣な話に、マーティとオーグストは顔を見合わせ、即座に気持ちを切り替えた。


 現在、カルレイヴへ訪れて、すでに二週間ほど経過した頃だ。

 魔王の復活するとされる日は、国が示した予定より、まだ余裕があった。


 だが、スフェルは「不測の事態に備えて、そろそろ最終的な日程を決めておきたい」と、彼らに話し始めた。


 そして、その場で具体的な検討が始まったのだ。


 国から提示されていた、魔王城への道筋や構造。道中の危険……。

 マーティらは、各々の意見を交換し、様々な要素を鑑みた結果、魔王城へ向かう日程が、三日後に決まった。



「……準備することがあれば、今のうちにしておくように」


 硬い声で言うスフェルに、マーティの脳裏に不安が過ぎる。


 ――光の力を使いこなすことができるのか、魔王の思念体を倒すことができるのか、時間稼ぎすらできないのではないか。

 懸念はあったが、クロンは自分の手にしっかりと馴染み、光を取り戻した。


(それに……)


 俺には、カルレイヴが託してくれたすべがある。

 きっと――未来は変えられる。魔王を倒すことだって、できるはずだ。


 そんな決意を抱き、スフェルの声に耳を傾ける中で、ふと視線を脇にやる。

 すると、ネイロンがいつの間にかマーティがベッドに置いていた本を取り上げ、ページをめくっているのが目に入ったのだ。


「……あの、ネイロンさん……?」


 真面目なネイロンに、まるで教科書でも読むような気軽さできわどい内容の本を見られるのは、さすがに気まずい。


 だが、彼は「なかなか興味深い」と臆面もなく言いつつページをめくっていた。

 スフェルはわずかに見えた本の内容に、片眉を吊り上げる。


 彼らの様子をうかがっていたマーティだったが、ふと、スフェルと目が合った。


 途端に、お互いの目がぎこちなく伏せられる。

 どこかちぐはぐな彼らの空気を感じとったネイロンは、咳払いをしつつ、本を閉じた。


「――あと三日、心残りがないようにね」


 ネイロンはにっこりと微笑む。

 彼は最後に「これ、借りるよ」と言い、スフェルの共に部屋を後にした。


 愛好者は思わぬところにいた。

 いささか呆気にとられるマーティの背後で、オーグストが眉間を揉みながら、ため息を吐く。


「……とにかく、話は済んだようだな」


 オーグストがマーティの手を掴み、くるりと身体を反転させる。

 互いを見つめる目は、仲間との話し合いですっかり熱を失っていたが、それでも、次第に親密なものに変化していく。


 顔を近づけるオーグストに、マーティは彼の背にぎこちなく両腕を回して応えた。

 そのとき、ガチャリと再び扉が開く。


「そう言えば、マーティ。あとで食事に行こうと思うんだが、きみはスフェリウスと――」


 ふたりの視線は、再び部屋に訪れたネイロンに集中した。

 その光景にネイロンは、思わずといった様子で、口元を本で隠す。


「……。失礼」


 ネイロンは「ごゆっくり」と言い、静かに、扉を閉じた。

 意図せず親密なやりとりを見られた羞恥で、マーティはうつむいてしまう。


 こんな状況で、ごゆっくりできるわけがない。

 すっかり甘い空気ではなくなってしまい、マーティはいっそ笑いが漏れるほどだったが、空気を二度も壊されたオーグストの機嫌だけは、悪かった。




「スフェリウス。マーティとぎこちないようだが……」


 部屋に戻ったネイロンはテーブルに本を置くと、スフェルの背に問いかけた。

 ――弟と仲を修復する機会は何度もあったはずだ。この状況を保ったままカルレイヴを出発するつもりなのか、と暗に聞けば、スフェルは深刻そうな顔でネイロンに振り向く。


「……決戦は近い。また、あの夜のようなことになりたくない。弟に対して、気を張っていたいんだ」


 今のスフェルは不安の中で揺れ動いている。戦いになると容赦のない彼だが、その反面、見た目からは想像もできないほど繊細だ。


「お前が無理をしているのではないか、心配だが……友としてお前を支えよう」


 ネイロンは、彼を尊重しながら、その肩に触れた。

 相変わらず彼に触れる癖が抜けないと彼は感じたが、頬や手に触れているわけではないので、構わないだろうと判断する。


 ネイロンの指が、自身の鍛えられた肩に触れる感触に、スフェルは一瞬だけ呼吸を忘れた。

 触れる彼の指は単なる友愛のそれとは違う甘さを帯びていたが、彼は表情に出さないように努めた。


 表面上は無反応なスフェルの様子に、ネイロンはかすかな笑いを零す。


 表情が乏しく、拒むこともなければ自分になびくことのない彼を見ていると、つい意地になって親密な動作が習慣化していた。

 本来であれば、自分が誰かに親しく触れるなど、有り得ないことだった。


 見目がよく、誰に対しても物腰も柔らかく接するネイロンは、自身の何気ない言動で相手からアプローチを受けることがしばしばあり、そのことに辟易していた。

 ゆえに、関心のない相手にそういった関係を期待されるのは、面倒だと思っていた。


 スフェルはネイロンを好いていたのは、自分に対して深く踏み込まなかったからだと言っていたが、こうして拒絶された今、スフェルに深く溺れていたのは自分だと知る。



 ネイロンは最初こそ、友として彼を励ますだけに留めるつもりだったが、至近距離で彼を見た途端、いざなわれるように、その唇は彼の口もとへと向かっていた。


 スフェルは、それを自然のことのように拒まなかった。

 むしろ、受け入れるように目すら閉じている。


 これは、拒絶しないスフェルの弱みに付け込んでいるのではないかと思いながらも、ネイロンは仄暗い喜びを感じた。


「……すまない」


 友としての範疇を超えた行動でもあったので、謝罪をする。

 スフェルはそんなネイロン頬へ触れ、自身から再び静かな口づけを交わした。


 ――友情というにはあまりにも甘く、かといって愛とも言い切れない、奇妙な感情に支配される。


 お互い、名状しがたいこの関係の矛盾に苛まれながらも、ふたりは、ひそかにこの時間を楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る