第15話:対決(後編)


 ヘロムアが隙を突く形で、マーティの足へ棘を浴びせる。

 ショックで思わずその場にしゃがめば、ヘロムアが一気に距離を詰め、マーティを押し倒した。


「……っ!」

「かわいいね。実は、会ったときからきみと戦いたいと思っていたんだよ。俺のような夢魔は――きみのように強くて柔らかそうな男が好みなんだ」


 マーティの表情が、ひくりと引きつる。

 そのまま、ヘロムアの顔がマーティへ迫ってくるが――彼はなにかを察知し、身を引いた。


 瞬時に、ビリッと彼らの視線の間を、紫の閃光が横切る。

 ――オーグストの電撃だ。


 オーグストのそばにいるゴルダーナは、呆れた様子でヘロムアを見ている。

 どうやら、彼女にとっても相棒の不埒な行動は看過できなかったらしい。


「俺の相棒に触れるな」

「ちょっとした冗談じゃないか」

「俺にも当たるとこだっただろオーグスト!」


 マーティは拳を握りながら、つい本名を口走って抗議する。

 しかし、言い終わって、彼の言葉を反芻させた。


 ――待て、俺の相棒だって!?


「おい、ヘロムア! 試合中に発情するのも大概にしな! 今度おかしなことをしたら、承知しないよ!」


 ゴルダーナに遠くから一喝され、ヘロムアが不満げな顔になる。


「分かったよ」と、彼はマーティに紳士的に手を差し出したが、マーティは素早く自分の足で立ち、彼から距離をとった。


「初心なひとだねえ。キスくらい、とっくにきみの相棒と済ませてるだろ」


 ヘロムアが何気なくそんなことを言い始めて、マーティは真っ赤になる。

 ――なんてことを言うんだ!

 オーグストとするわけがないし、こっちはキスの経験もまだなんだぞ!


 うろたえるマーティの様子を見て、ヘロムアは興味深そうに尻尾を振りながら笑っていた。


「きみ、ほんとにいいね。でも、真面目にしないと怒られるし、ヒナタには悪いけど、決めさせてもらうよ」


 そう言って、ヘロムアが片手を上げる。彼の指輪が激しく明滅したかと思えば、手のひらに頭ほどの黒く蠢く球体を生み出したのだ。


 あんなものが触れたらひとたまりもないだろう。

 マーティは唾を呑んで避けるそぶりを見せるが、ヘロムアはそれを制止した。


「おっと、動かないで。きみの愛しの『オーグスト』に当てちゃうかもしれないよ」

「こいつ……!」


 悪趣味な脅しに苛立てば、背後にトン、と重みを感じる。

 息遣いを間近に感じ、マーティはそれがオーグストの背中だと分かった。


 服越しに感じる彼の背は熱く、身体は疲労で激しく上下に揺れ動いている。


「坊や、腕は悪くはないが、剣を扱いづらそうだね」


 そう言って、ゴルダーナがオーグストを見すえる。

 どうやら、戦いは彼女が優勢のようだ。


 オーグストが本来、扱う武器は短剣。

 彼自身いくら強いとはいえ、彼女に圧されるのも無理はなかった。


「――はは、いいね。ふたりまとめて仲良く終わらせちゃおうか!」


 ヘロムアが楽しげな声をあげると同時に、闇の球体をさらに練りあげる。


 前も後ろも絶対絶命だ。

 だが、自身の背中を預けるオーグストに、意図せず高鳴っている自分もいる。

 不思議と、恐怖や緊張は感じなかった。



「オーグスト、俺のこと、信じてくれるか?」


 マーティは、振り向かずに問いかけた。

 背中に感じていたオーグストの息遣いが、次第に落ち着いていく。



 ふと、彼が返事をするように、トン、とマーティの背を、背中で軽く押した。



 ほんの些細なことだ。

 だが、それだけでマーティは力が湧き上がる気がした。



 目を瞑り、マーティは深呼吸をする。


 ――光の魔法は、闇を祓うもの。

 今はクロンがないが、自分はその力を扱える。


 彼は、両手を合わせて、小さな光を生みだした。


 オーグストが僅かに振り向く。


 無理やり力を引き出すせいで、身体がどこかに引きずられそうな感覚がする。

 触媒もない状態で危険だ――と彼の気配が言っていたが、マーティは、魔法の発動をやめなかった。


 次第に光は強まり、見慣れぬ技に会場内が熱気とは違う様子でざわつき始める。

 マーティの想像を超えた行為に、ヘロムアの顔色が変わった。


「おい、これってまさか光の――マジかよ!?」


 彼の手のひらから闇が消え失せ、パリン、と彼の指輪の宝石が砕ける。

 その瞬間――会場を、瞬く光が覆い尽くした。


「っなんだい、こりゃ……目眩ましっ……!?」


 強烈な光の波に視界をやられ、ゴルダーナが思わず目を擦る。

 ようやく視界がわずかに開いたときには、彼女の目の前にオーグストが立っていた。


 想像以上に間合いを詰められ、目をやられながらもゴルダーナはわずかに動揺する。


「……あんな光だけじゃあ、あたしは倒せないよ」

「知っている。だが――あいつが、この間合いを繋いでくれた」

「なにを言って……」


 前がよく見えず、ゴルダーナは何度も瞬きをする。

 ようやくしっかりと捉えることのできた目の前のオーグストに、驚いた。


 ――彼は、剣を持っていない。


「ゴ、ゴルダーナ~!」


 嘆くヘロムアの声に、ゴルダーナはハッとした。

 場外で尻餅をつくヘロムアの傍らには、剣を持つマーティが立っている。


 そう、武器を持つ者は、武器を落とせば原則失格だが、彼は――


「……相棒に武器を預けたか。まさか、丸腰であたしを倒そうってかい?」


 ゴルダーナが笑えば、オーグストも、かすかに笑う。


「あんたは魔法も使えるんだったね。だが、あいにく魔法を使う隙を与えるほど――あたしは優しい女じゃないよ!」


 そう言って、ゴルダーナが剣を振り上げる。

 オーグストは流れるように脇へよけながら、彼女の腕を掴んだ。


「俺は、どちらかと言うと、剣よりこっちが本分でね」


 剣を振り下ろしたはずみを利用し、オーグストが踏ん張った。するとゴルダーナの身体が鮮やかに浮き上がる。


 ――しまった、と、彼女が理解したときには遅かった。


 地面に叩きつけられたゴルダーナの手から、木剣がこぼれ落ちる。

 カタン、と石の床に乾いた音が鳴った。



 会場は、オーグストとゴルダーナの一騎打ちの結果に静まり返る。


 しかし一拍遅れて――割れるような歓声が会場を埋め尽くしていた。


「し、勝者、ナイトハウンドとヒナタ!! なんと、仮面武道会初参加の新星たちの優勝だぁー!!」


 半ば呆気にとられていたロムシダが、熱気のこもった声で実況する。


「……ぷっ……」


 おい、やっぱりナイトハウンドは反則だろ。

 こらえきれないマーティは、けらけらと力なく笑いながらも、頭が回るような感覚を覚える。


 ――光の魔法は、悪意のない者や純粋な心の人間には、ただの目眩ましの光だ。

 相手を滅するという使用者の強い思いがなければ、まず、行使できない。


 傷つける意図で力を発揮しなければ、魔力酔いの心配はないと思っていたが……。

 目眩で、視界がぼやける。


 ――やっぱり、無茶し過ぎたかも……。


 そう自覚してマーティの足元がおぼつかなくなった瞬間――オーグストの手が、彼の身体を支えた。

 見上げれば、険しい顔つきのオーグストと目が合う。



「無茶なことを……なにを考えてる」


 不機嫌そうに見るオーグストに、マーティは笑った。

 ――もしかして、心配してくれているのだろうか。そんな都合のいいことを考えて、目を伏せる。


「仕方ないだろ。勝ってみたかったんだよ……お前と」


 そう言うとオーグストは目を見開いて、さらに不機嫌そうな様子で、しかし耳を赤くしながらマーティから視線を背けた。


 彼に抱えられながら歓声を浴びるのも、なかなか悪くない気分だった。

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