第15話:対決(前編)


「――さぁ、決勝戦! 試合を彩るのは仮面武道会優勝経験のある、気高き黄金の剣士ゴルダーナ! そして期待の新星――ヒナーター!」

「……ヒナータ? ヒーナタ? また会えると思ってたよ」


 癖のある名前の呼び方しかしないロムシドのせいか、ゴルダーナのイントネーションにも癖があった。


 ゴルダーナ側の場外にはヘロムアがいる。

 マーティが二人での対戦を希望すれば、彼が参加するのだろう。


「ゴルダーナ、相手がかわいいからって油断しないでね」

「ほざきな、小僧」


 ブン、と低い風を切る音をたてながら、ゴルダーナが木剣を構える。

 自分の持っている武器と同じはずだが、彼女が持つと異様に大きく見えた。



 ――どうしよう、この人は、きっと強い。



 不安にならないように観戦を控えていたマーティだったが、それでもやはり気になってゴルダーナの戦いをチラリと見てしまった。


 彼女は他の選手を圧倒し、相手を場外へ追いやることもあれば、持ち前の力で相手の剣を弾き落とし、失格をとらせることもあった。


 彼女の戦術は迷いがなく、人を圧倒する気迫と実力がある。

 マーティは、その戦い方に既視感を抱いたが、物思いにふける猶予は与えられなかった。


「さあ――試合開始ーッ!」


 ロムシドの合図と共に、ゴルダーナが一気に間合いをとって攻撃を浴びせる。

 マーティは、それを受け入れるのに精一杯だ。


「迷いが見えるね、ヒナータ、そんなんじゃ、あたしの攻撃を受けとめきれないよ」

「俺は、ヒナタだっての……!」


 ゴルダーナの重い一撃に、受けとめた木剣が小刻みに震える。

 その攻撃を受けて、マーティは、彼女に対する既視感をようやく思い出した。


 ――スフェル。

 彼女の威圧感は、自分が超えられない兄の剣気そのものだ。


(どうしよう)


 攻撃を受けただけで、手が痺れて剣を落としそうだ。


 おそらく、彼女には敵わない。

 ゴルダーナの後ろに控えるヘロムアは、彼女の勝利を確信している様子だ。


 当のゴルダーナは、自信に満ちた目でこちらを見ている。


 ――ここまで、自分だけの力で辿り着けたんだ。

 せっかくなら勝ちたい。だが、力不足感は否めない。


(――せめて、俺にも相棒がいればな……)


 なんて、叶いもしないことを考えてしまう。


 ゴルダーナが踏み込んだ瞬間――互いの間に割り込むように、紫の火花が散った。




「――ずいぶん面白そうなことをしているな。?」


 低く皮肉っぽい声色は、聞き覚えのあるものだった。


 ――ヒナタ。


 彼の口から絶対に聞くことのない、かつての名前に、魂が震える。

 銀で模られた狼犬のマスクを被る男の姿に、マーティは一瞬、呼吸を忘れていた。


「オ、オーグスト?」

「な、な、なんと! 乱入だーッ! 新星のヒナタの危機に颯爽と現れたのは、流星の『ナイトハウンド』ーッ!」


 ロムシドの実況と乱入者という予期せぬイベントに、会場の熱気が最高潮に達する。


 オーグストが、こちらへ向かってくる。そのとき、マーティには拍手や歓声が、やけに静かに聞こえた。


 このとき、たしかにマーティはオーグストの登場に感動していたはずだ。

 しかし、ロムシドが高らかに告げた名に、マーティは思わず吹き出していた。


 ――だって、だって仕方ないじゃないか。


(ナイトハウンドって、ナイトハウンドって……!)


 まるで中学生のようなネーミングセンスに、マーティは腹を抱えて静かに笑う。

 そんな様子に、ナイトハウンドことオーグストが、仮面の下で静かな怒りを燃やしつつも、つかつかと近づいた。


「貸せ」


 オーグストが、マーティから木剣を取り上げる。

 試合中だと思い出して、マーティは、慌てて正面に向き直った。


 ゴルダーナも、突然の飛び入り参加に呆気に取られた様子だったが、瞬時に戦闘の姿勢に戻る。


「おいで、ヘロムア」

「いいね、俺の出番か」


 ヘロムアが、石の会場に降り立つ。

 彼は尻尾をゆらりと揺らして、マーティたちを見ていた。


「オーグスト、なんでここにいるんだよ……っ?」

「――さぁ、選手たちが舞台に揃ったことにより、試合再開です!」


 試合再開を合図に、ヘロムアがゴルダーナに剛力をかける。

「その話はあとだ」とオーグストに目線で言われ、マーティも、反射的に剛力をオーグストに施した。


「ほーぉ、あっちも身体強化か……。坊や、やけに多芸だね。荒くれ者の大会参加者で終わらせるのは惜しいよ」

「怪しげな仕事の勧誘は、あとにしてもらおうか」

「失敬だね。あたしは将来有望な若者のスネに傷をつけたりはしないよ」


 オーグストとゴルダーナの視線の間に、火花が散る。

 彼らは突風のような素早さで互いの間合いを詰め、剣をぶつけ合った。


 目まぐるしい動きに気圧されていると、ヘロムアがゆっくりとマーティに近づいてくる。


 途端に、警戒して身構える。

 ゴルダーナの実力は分かったが、この男の強さは未知数だ。


「さて……剣の腕は見させてもらったけど、魔法の腕はどうかな?」


 ヘロムアが両手を自身の肩まで上げる。

 すると、彼の指にはめられた指輪の宝石が怪しく光り、彼の周囲に無数の黒い物体が生まれた。


 黒い物体の大きさはコインほどだが、棘状のそれに、マーティはどこかで感じたことのある嫌な予感を覚えた。


 ヘロムアが、カッと目を開く。すると黒い棘はマーティに向かって襲いかかった。


(――これって、まさか闇の力……!?)


 理解した途端、黒い棘がマーティに直撃する。

 身を裂かれるような痛みに、思わずマーティは悲鳴をあげた。


 痛みは強烈で、半ばパニックになりながら当たった場所を押さえる。

 しかし、服が破けてもいなければ、血も流れていない。


 だが、鋭い痛みはいまだに身体に残っている。

 混乱するマーティを見て、ヘロムアは顎を反らして嗜虐的に笑っていた。


「痛みを感じるだろう。ゴルダーナと比べてちょっと地味だが、手も足もでないんじゃないか?」

「くそ、悪趣味な魔法だな……!」

「血を流さない、平和主義的な魔法と言ってくれよ」


 観客は闇の力を恐れるどころか、ヘロムアに歓声を浴びせていた。

 ロムシドは興奮した様子で実況を続けている。


 聖地とは思えない光景だが――ここは人々のぶつかり合いを楽しむ場所。

 闇の力だろうがなんだろうが、見応えのある戦いが見れれば、観客はそれで満足なのだ。


 マーティがその文化を理解しようとしていると、ヘロムアはさらに闇の棘を生み出した。


 先ほどの痛みを思い出し、マーティは迫りくる闇から逃れる。

 ヘロムアは無邪気に笑いつつ、的確にマーティに当てようとしていた。


 逃げるのは得意だ。しかし、こうも連続で飛ばされると、避けようがない。



 背後で剣撃が繰り広げられる気配に、マーティは気を取られた。

 闇の攻撃を、ゴルダーナと戦っている最中のオーグストに当てるわけにはいかなかった。

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