第8章:輪郭をなぞるように

夢から目覚めた太陽は、しばらく天井を見つめていた。


「終わらせるな。生かせ。君の物語で」

桜井蓮が夢の中で残した言葉。


それは命令ではなかった。

遺言でもない。託された、祈りのようなものだった。


スマホを手に取る。

アプリのトップに表示された『君と数センチメートルの恋をする』――

更新停止中のまま、読者数だけがゆっくりと増えている。


「……描こう」


呟いた瞬間、太陽の中で“何か”が決まった。


◇ 放課後、屋上で


校舎の最上階。誰もいない風の抜ける場所。

太陽は鈴音を連れてそこへやって来た。


「君に見せたいものがあるんだ」


差し出したのは、一冊のスケッチブック。

ページをめくると、そこには太陽が描いた“この世界の再構成”があった。


止まった事故の日。変わってしまった夕暮れ。

それらが鉛筆の線で繊細に、そして優しく描かれている。


鈴音はページをめくりながら、ぽつりと言った。


「太陽くん、これは――

私たちの物語なんだね」


太陽は頷く。


「うん。だから、ちゃんと描ききる。

君を“閉じ込めたまま”にはしない。

君が物語の中で、永遠に待ち続けるだけの存在なんて、俺が許さない」


鈴音は、ページの最後に描かれた「未完成の未来図」を見て、小さく笑った。


「……それってつまり、“救い”ってこと?」


「いや。これは――“君の未来を君に返す”ってことだよ」


◇ そして、また世界がざわめく


夜。再び夢が来る。

白い部屋では、今度は桜井蓮がページの先を描こうとしていた。


だが、彼の手は震え、筆先が空白のまま止まっている。


太陽は近づき、彼の横に立つ。


「もう、先生じゃない。今は、俺が描く番だ」


蓮は顔を上げることなく、小さく呟いた。


「君が……君が見つけたのか、あのページの先を」


「うん。未来は“決まってた”んじゃない。

俺たちが“選び直した”んだ」


現実に目覚めた太陽の手の中には、白紙の原稿用紙が1枚、

なぜか握られていた。


そして、その隅には、こう書かれていた。


「Chapter 29」

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