神様にもらった「〇〇したとき△△になる」スキル
アカミー
ストレスやプレッシャーはよくない
【神様シリーズ:第四弾】
ちょっと下品です。ご注意ください。
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午前0時。きっかり、その時間に俺の意識は覚醒した。
深夜アニメのエンディングをぼんやりと見届け、そろそろ寝るかとリモコンに手を伸ばした、まさにその瞬間。さっきまでの眠気が嘘のように消え去り、脳がかつてないほどクリアになった。
「ん……なんだ?」
22歳、高卒フリーター。漫画家を目指して、コンビニバイトで食いつなぐ毎日。六畳一間の安アパートは、資料本の山とインクの匂いで満ちている。
そんな俺の城の隅、モニターの明かりだけが照らす暗がりに、人影が浮かんでいた。
「よっ! 起きてる? ちょうどいいや」
コンビニのビニール袋みたいに半透明な、人型のナニカが、俺がけちけち食べていたあたりめの袋を勝手に開けて、宙に浮いたままカジカジやっている。
「だ、誰だ!? ていうか、それ俺のあたりめ……!」
「俺? 神様。いやー、やっぱこの世界のあたりめはたまんねえな。ビールない?」
神様? あたりめ泥棒の?
俺の脳が状況を理解するより早く、オタクとしての本能が叫んでいた。
――キタコレ!異世界転生じゃね!?
「お前、バイト先のトイレ掃除しっかりやってただろ。神様、ああいうの手を抜かない人間が大好きなんだよ。ご褒美にお前に凄いスキルを授けてやる」
「異世界転生といえばチートスキルですもんね!」
「ん?いや異世界には行かねえよ」
「ええ、オレツエーできないんですか?」
「おう。転生せず今の人生しっかり生きな。まあ、これもこれで良いもんだって」
そういって神様が冷蔵庫から出してきたビール缶をプシュっとを鳴らすと、空中にパチンコ台のような、派手なスロットルーレットが出現した。
「凄いスキルだけをポンと渡しても、結局人間ウダウダ考えて、面白くねえ使い方しかしないんだよ。人間、ある程度制限があった方が、輝くってもんよ」
グビグビ飲みながら続ける。
「今から『〇〇のとき、△△になる』っていうスキルをやる。〇〇と△△の部分は、このルーレットを回して決める。お前が好きなタイミングで『ストップ!』って言え」
「うおおおお! なんか漫画みてええええ!」
落ちたテンションは再び急上昇した。人生で一番のチャンスだ。
「回します! ストップ!」「はい、前半ストップー」
【勃起したとき】
「……え?」
「じゃ、次、後半な!」
「あ、はい。ストップ!」 「はい、後半ストップー」
【晴れになる】
「……えっと、つまり俺の能力は、『勃起したとき、天気が晴れになる』ってことですか?」
「そゆこと。おめでとう!」
「いやいやいや! しょぼすぎるでしょ! 使い道なさすぎる! ていうか、俺の意思でコントロールできない現象で、天候が変わってたまるか! 梅雨とかどうすんだよ!」
俺が泣きつくと、神様は心底面倒くさそうに頭をかいた。
「あー、確かに前半の条件がちょっと可哀そうか。しょうがねえな……」
神様は俺の机に散らかった原稿を、半透明の指でペラペラとめくった。
「うわ、お前の漫画、クソつまんねえな。絶望的に才能ねえぞ」
「そこまで言わなくても!」
「よし、決めた。お前の境遇に免じて、後半を変えてやる。机に向かえ」
神様が俺の肩に手を置いた。
「お前の能力はこれだ。『勃起したとき、漫画家としての才能が開花する』。じゃあな、せいぜい頑張れよ」
神様はそう言って、ビールの空き缶を水ですすいでから、フッと消えた。
後に残されたのは、静まり返った部屋と、とんでもない呪い……いや、祝福を授かった、一人のしがない漫画家志望だけだった。
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「勃起したとき、漫画家としての才能が開花する」
そんな馬鹿げた話があるか。俺は半信半疑だった。
だが、試してみないことには始まらない。
俺は、本棚の奥に隠していた「お宝」……もとい、敬愛するエロ漫画を手に取った。ページをめくり、精神を集中させる。ムラムラ。
その瞬間、世界が変わった。ペンを掴む。
今まで、線を一本引くのにも迷っていた俺の手が、まるで神の手に導かれるように、滑らかに紙の上を走り始めたのだ。
頭の中には、考えたこともないような壮大なストーリー、躍動感あふれるキャラクター、ハリウッド映画のような完璧なカメラワークが、次から次へと溢れ出してくる。
ネームなんていらない。脳内の映像を、そのまま紙に叩きつけていくだけ。
乗りに乗っていた。そのはずだった。
なぜかそれまで鮮明だったイメージがおぼろげになり、ついには思い出せなくなってしまった。
チラっと下を見ると、元気のない息子。
ああ、そうか。勃起している間しかダメなんだ。
エロ漫画と漫画原稿を行ったり来たりしながら、32ページの完璧な読み切り漫画を完成させた。ジャンルは、王道バトルファンタジー。俺が今まで描いてきた、独りよがりな青春モノとは、次元が違う。
俺は、震える手でその原稿を大手少年誌の新人賞に送った。
三日後。一本の電話が鳴った。
「もしもし、私、週刊少年ゴッド編集部の……」
俺の人生が、動き出した瞬間だった。
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俺の読み切りは、アンケートで圧倒的な1位を獲得し、即座に連載が決定した。
タイトルは『ラグナロク・ブレイド』。
連載が始まると、俺の生活は一変した。アシスタントを雇い、広い作業部屋付きのマンションに引っ越した。フリーター生活とはおさらばだ。
だが、問題は「才能の源泉」だ。
週刊連載の締め切りは、待ってくれない。俺は、強制的に才能を開花させる必要があった。
仕事場には、巨大なモニターと、最高級の音響システムを導入した。
そして、アシスタントたちを帰した後、一人、仕事場でDVDを再生する。もちろん、ただの映画じゃない。
夜のうちに仕上げたネームを昼間にアシスタントに渡すというルーチンを確立したが、どうしても日中に確認や修正が必要になることがある。
「先生、こちらは」
「う、うん、ちょっと待っててね……今、考えてくるから……絶対に開けちゃだめだから」
アシスタントたちは不信に思っていただろう。俺がたびたび別室に引きこもり、鶴の恩返しかのように絶対開けるなと言い含め、出てきたら相談事が解決するのだ。
彼らは尊敬と、若干の疑念が入り混じった目で俺を見ていた。
「仕事中は誰も部屋に入れてはいけない、天才漫画家」と呼ばれていた。
だがあるとき、新米の女性アシスタントが何も知らずに俺の専用部屋を開けて入ってきてしまった。そこで見たのは、尊敬すべき天才漫画家が右手にペンを左手にナニを持って一心不乱に動かし続けている構図だ。
俺はそれ以来、業界で「仕事中にAV干渉する、世紀の変態漫画家」と呼ばれるようになっていた。不名誉極まりないが、仕方ない。
それ以来、恥は捨てた。俺は条件付き天才漫画家なのだ、あまり無駄に過ごせない。
健康な男子の特権、朝立ち。それは、俺にとってアイデアが最も降ってくる、ゴールデンタイムなのだ。
目覚めた瞬間、脳内に神が舞い降りる。
「うおおお! この展開、神すぎる!」
俺はベッドから飛び起き、パンツ一丁のまま、机に向かう。アシスタントが泊まり込んでいるときはドン引きされるが知ったことか。猛烈な勢いでペンを走らせる。この数分を逃せば、神は去ってしまうのだ。
ただ、恥を捨ててもどうしようもない悲劇もあった。恋人のミカとの関係だった。
俺がまだ売れない頃から、ずっと支えてくれた彼女。やっと楽をさせてやれると思ったのに。
「ねえ、最近、全然かまってくれない……」
ミカが、寂しそうに俺に寄り添ってくる。俺の体は、正直に反応する。そして、その瞬間、俺の脳もまた、最高の形で反応してしまうのだ。
「待ってくれミカ! 今、主人公の最強の必殺技を思いついた!」
俺は彼女を抱きしめる腕をほどき、枕元の液タブにペンを走らせる。
「ねえ、聞いてるの!?」
「聞いてる聞いてる! 大丈夫だミカ、愛してる! うおお、この構図、最高だ!」
愛を囁きながら、頭の中は漫画のことでいっぱい。そんな男を、誰が愛せるというのか。
当然、ミカは俺の元を去っていった。
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『ラグナロク・ブレイド』は、社会現象になるほどの大ヒットを記録した。アニメ化、映画化、グッズ化。俺の口座には、天文学的な数字が並んだ。
だが、俺の心は、日に日にすり減っていった。
プレッシャー。孤独。罪悪感。
いつしか俺は、あれほど頼りにしていた「才能の源泉」に、恐怖を覚えるようになっていた。
仕事のために、無理やり体を反応させる。それはもはや、創作ではなく、ただの作業だった。
そして、ついに。ある朝。
俺は、いつものようにゴールデンタイムの到来を待った。
だが、神は、舞い降りてこなかった。
体は、何の反応も示さない。ただ、静まり返っているだけ。
焦れば焦るほど、体は正直に、そして残酷に、沈黙を続けた。
俺は、あらゆる手段を試した。高級なDVD、マニアックな写真集、ネットの海……。だが、ダメだった。
プレッシャーとストレスが、俺の才能の蛇口を、固く固く閉ざしてしまったのだ。
才能の枯渇。
それは、漫画家にとって死を意味する。
俺のペンは、完全に止まった。
編集部に頭を下げ、『ラグナロク・ブレイド』は、無期限の休載に入った。
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俺は、専門のクリニックの門を叩いた。
医者は、俺の話を静かに聞いた。
「なるほど……。極度の心因性、ですね。要するに、プレッシャーとストレスです」
当たり前の診断だった。だが、その当たり前が、今の俺には重かった。
治療が始まった。薬を飲み、カウンセリングを受け、生活習慣を改める。
医者に言われたのは、「漫画のことは、一度忘れなさい」ということだった。
俺は、ペンを置いた。仕事部屋を閉鎖し、ただ、ぼんやりと過ごす日々。
今まで、どれだけ自分が漫画に依存し、そして追い詰められていたかを、嫌というほど思い知らされた。
数ヶ月が経った頃。
俺は、ふと、近所の公園を散歩していた。子供たちが、俺の漫画のキャラクターの真似をして、チャンバラごっこをしている。
「俺がラグナロク・ブレイドだ!」
「くらえ、ファイナル・ディメンション・スラッシュ!」
その姿を見て、俺の胸に、ポウっと小さな火が灯った。
ああ、俺、あんな顔、描きたかったんだな。あんなセリフ、書きたかったんだな。
それは、あの忌まわしいスキルとは関係ない、純粋な創作意欲だった。
俺は、家に帰ると、埃をかぶったスケッチブックを開いた。
鉛筆を握る。線が、震える。
スキルが発動した頃のような、神がかった線は描けない。でも、一本一本、確かめるように、丁寧に描いていく。
それは、紛れもなく、俺自身の力で描いた線だった。
数ヶ月後。
俺は、編集部に一本の電話を入れた。
「先生! 体調は……」
「はい。まだ本調子じゃないですが、少しずつ、描いてみようと思います」
俺は、休載していた『ラグナロク・ブレイド』の続編ではなく、全く新しい、小さな物語のネームを編集部に送った。
それは、不思議な力を手に入れてしまった、一人のしがない男の、ちょっと情けないコメディ漫画だった。
神様がくれた、あのイカしたスキル。
あれが使えない今、傑作は生まれないかもしれない。
でも、それでいい。
俺は俺がやりたいことをする。それでいいんだ。
晴れやかな気持ちで、ペンを手に取った。
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