《灰の王と眠らぬ森》
へけぽん
第一章《目覚めの森》
第1話 夢の底で、きみの名を呼ぶ
――あれは、夢だったのだろうか。
柔らかな光があった。
温かい手が、髪を撫でていた。
誰かが笑っていた。名前を呼んでくれていた。とても優しくて、懐かしくて。
なのに、どうして、その顔だけが思い出せないのだろう。
「……リオ」
その声だけが、最後に響いた。
深く、深く落ちていくような感覚とともに。
そして――リオは、目を覚ました。
静かな森の中だった。風が梢を揺らし、鳥の鳴き声が遠くで響いている。
木漏れ日が斑に降り注ぎ、苔むした地面がやけに柔らかい。
だが、それ以上に奇妙だったのは、自分がここまで来た理由をまったく思い出せないことだった。
「……僕は、リオ。リオ……それだけ?」
名前以外、すべてが抜け落ちている。
どこから来たのか。何をしていたのか。誰を探しているのか。
まるで、記憶の上に霧がかかったようだった。
立ち上がろうとしたとき、足元で枝が折れた音がした。
思わずそちらを向くと、白い服の少女が立っていた。
年は自分とそう変わらない。栗色の長い髪と、どこか遠くを見つめるような薄青の瞳。
無表情で、しかし敵意は感じられなかった。
「……起きたんだね。名前、覚えてる?」
問いかける声は、感情に乏しいのに、なぜか優しかった。
「リオ……だと思う。君は?」
少女は少しだけ視線を逸らし、こう答えた。
「……ミリィ。わたしも、夢から落ちてきたの」
それが何を意味するのか、リオにはわからなかった。
けれど、彼女と出会ったときに感じた“確信”だけはあった。
──この子を知っている。
いや、この子を知っていたような気がする。
ミリィは一歩近づき、リオの手を引いた。
そして静かに微笑んで言った。
「ここは、外に出られない森。
でも……ふたりなら、出られるかもしれない」
森の奥で、風がざわめいた。
まるで、この出会いが“夢ではない”と告げるように。
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