第4話

両親を早くに亡くしてな。結構苦労したんや。


ワイは、昔は人間やったんや。


親族もおらんしな。高卒で工場入って、最初はまじめに働いてたんや。でもな……。


上司がクソでな。言い方とか指示とか、いちいちイライラするやつで。

そいつの顔、朝から晩まで見てたら、ある日ぶっ飛ばしてもうたんや。

んで、クビや。当然や。


そっからは派遣や。肉体労働、夜勤、倉庫……いろいろやった。

器用やから、どこでもそれなりに働けてたわ。

人間関係は希薄でもな、同じ現場の“それなりに気の合う奴”とだけは、最低限の会話ができたわ。


ある日、そういうヤツの一人が言うたんや。『仕事終わったら飲みに行かん?』ってな。

ワイも断る理由なかったし、フラッとついてった。


楽しく飲んで帰る途中までは覚えてる。記憶はそこまでや。

多分、ワイみたいな“行方不明になっても騒がれん存在”が、選ばれとる。



気がついたら、ベッドの上やった。手足をベルトで固定されてて、白い天井が見えた。

体中、痛かった。


白衣のヤツが何人か俺を覗き込んでる。

なんか、『成功か……』とか『モニターチェック』とか『報告しとけ』とか言ってたわ。

けど、すぐ気を失った。


あとからわかったんやが、ここはどうやら山奥の研究所?みたいなんや。

でかい大学みたいな感じで、建物が10棟位建ってる。車もようさん停まってる。

入口は厳重で、なんか身分証みたいなん見せんと入られん感じやった。


ワイのそこでの任務は、猿として動くこと。

諜報、スパイ、暗殺。

小さくて目立たん動物やったら、入り込める場所もあるやろ?

そういう“実験”が、静かに、リアルに進んどるんや。


けどな、中では結構ええ生活させてもらえる。

何もなかったら、贅沢な暮らし。ま、それだけちゃうけどな。


個室はまるで高級ホテル。

ベッドはふかふか、シャワーもジャグジー付き。

好きなもんはリストから選べば申請できる。スマホもゲームも届く。


ただし、食いもんだけは管理されとった。必要な栄養しか入ってへん。でもめっちゃ美味いんや。


で、ネットにもつながっとる。

でもな、24時間監視されとるんや。

カメラが部屋の天井にも廊下にも、スマホにも付いとる。


仮に逃げ出そうとしたり、“猿”とか“実験”とか、少しでも関連ワードを検索したら……。


教育房行きや。


教育房いうのはな、一種の独房や。

鉄のドア、コンクリの壁。窓もなし。時計なし。

昼間は寝たらあかん。けど、やることもない。

三食は持ってくる。なんか完全食品みたいなんで、クソまずい。これはワザとやな。

夜になったら電気が切られて真っ暗。


一日中、ジーっとしてる。まったく刺激なし。

これな、マジで気が狂うで。一回入ったら、もう二度と入りたない。

何かヘマしたりしても教育房や。


で、普段は訓練や。


訓練は、でかい体育館でやった。


最初は筋トレみたいなんから始まって、だんだん体操競技みたいなんやらされるんや。

けどな、身体は猿やから、結構出来るねん。ちょっと楽しいかもしれん。


他にも何匹か猿がおったわ。けど、私語厳禁や。業務的な話はええけどな。

ああ、そこでワイは9号言われとったわ。3号とか5号もおったな。

あと、鷲やカラス、犬、猫もおったな。遠くでしか見てないから、これがワイらと同じかどうかはわからん。


んで、その体育館ってのが、バカでかい。中に小さな町が丸ごと作られとった。

民家、公園、ビル、狭い路地、非常階段……。

そこで建物に侵入したり、飛び降りたり、チーム組んでサバゲーみたいなんするんや。

これ、ミスったら教育房行きやから、みんな必死や。

教育房行ったヤツが何日たっても戻って来んこともあった。


あと、ワイらの訓練中は、ライフル持った兵士が監視してるんや。

そやから、ここは国か巨大な組織のバックアップを受けた企業か何かやと思う。

あぁ、裏でこんなんやってるんや、って思ったわ。

 

で、だんだん上達してくると屋外訓練や。

屋外訓練は、山の斜面を区切ったエリアでやる。

茂み、木々、崖、擬似民家――

“現場を想定した潜入と脱出”が主目的。


でな、逃げられんように体内にGPS埋め込まれるんや。

首の後ろ、ちょうど骨の出っ張りんとこや。

逃げられへん。

もうここで生きるしかない思ったわ。


白衣のおっさんが言うねん。

『人間の身体は保存してある。それなりの結果を残せば、莫大な報酬と共に身体を元に戻す』


ワイが元の体見せてくれ、言うても絶対見せてくれん。

ウソかホンマかはわからん。けど、ワイは「これ絶対に元に戻れんやん」と確信したわ。


それで必死でここから逃げ出そう思って、考えまくったわ。


ある日、訓練中に転倒したふりをして、崖の陰に滑り込んだ。

監視カメラの死角をギリギリで計算して。


ナイフとか持たされてるからな。

それで、自分の首をえぐったんや。


肉を裂く音、骨に当たる音……全部覚えとる

自分で自分の身体切るんや。マジで死ぬで。

けどな、そういう痛みに耐える訓練もあるんや。


痛みで気絶しかけながらも、ワイはGPSを取り出した。

ちっぽけなカプセル。血まみれのそれを、足元の沢に投げ捨てて。


逃げ切れる保証なんてなかった。

けど、あのままあそこで“猿として一生を終える”ぐらいなら、死ぬ方がマシやった。


必死で逃げたわ。

そやけど、”訓練”って結構凄いわ。虫でも草でも食べれるモンはわかる。

夜、山ん中でどうやって過ごしたらええかも教えてもろた。

太陽と月日で方角もわかる。訓練マジメにやって良かったわ。


そこから色々あった。

で、お前と会った訳や。

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