【化け物】

@mea1026

今までのことと、思考。

私は、小さい頃から【化け物】でした。

保育園の頃や、小学生の頃は、人の気持ちがわからず、人が嫌がる様を、見て楽しむ、そんな子供でした。

そんな化け物でも、人と同じく傷つくことがありました。仲間外れにされたこと、教師に「最低」と罵られたこと、初恋の先輩を、他の女の子に奪われたこと。…そして、母親が私の気持ちを理解しようとも、知ろうともしなかったこと。それらは、数多にも及ぶ出来事でした。

私はずっと、人の気持ちを知りたかったのです。当初は、罪悪感よりも、大人達に叱れるのが嫌でした。中学に上がると、教師からは口々に「お前は人の気持ちがわからないんだな」と、よく言われました。その時からでしょうか、私は人の気持ちを理解しようとしました。

けど、僅かずつ理解していくうちに、それまでいっぱいいっぱいだった自分の心内に、物やゴミが増えるかの如く、足の踏み場が無くなるのです。


足の踏み場が完全に無くなった頃、私は自ら命を経とうとする毎日に踏み込んだのです。

それこそ、当初は「楽になりたい」一心でした。こんな苦痛を、誰もわかってくれないのならば、誰の手も届かない場所に行き、自分の意識を手放してしまいたかったのです。何も、考えたくはありませんでした。

やがて、私は高校生になりました。友達がなんとか出来て、その数も、当初こそは増えました。親友も出来て、初めての恋人もできました。

高校生になり、やっと自我が形成され始めた頃、私にはうっすらと、はっきりした“好き嫌い”が現れ始めます。

例えるならば、それはある旧友の男子生徒との出来事。私と彼は同級生で、2年に上がる頃には、彼に年下の恋人がいました。私は彼のことを祝福してはいましたが、彼の行動がどうにも目に余るのです。それは、彼が恋人を放ったらかして、他の女子生徒や、私の友達に抱きついたり、やたらとスキンシップが多いのです。

それは、ある種の浮気にしか見えませんでした。そして、あろうことか、私は彼のやり方に口を出してしまったのです。…ここでは、彼のことを「Yくん」と呼びましょう。

『Yくん。最近他の女の子に抱きついたり、勝手に手を握ったりしてて、気持ち悪いっていう苦情が出てきてるよ。それに、そんなことしていたら、彼女さんも悲しむよ。』と、私は彼と、彼の彼女のいる場で忠告しました。

彼は、『彼女からは許されてるから』と言い、その次に『そもそも、なんなんだその言い方は。』と、私を責め立て、LINEのメッセージで、24時間ずっと私を中傷することが1週間も続きました。私はその出来事に辟易とし、彼との縁を私自ら切りました。

私は、彼を不幸にするつもりはありませんでした。ただ、彼が正しい道を歩むように、祈って言っただけなのです。この時、私はある言葉を反芻していました。「優しさだけでは、人の為にならない。」という言葉や、「情けは人の為ならず」という言葉。私はこの言葉を信じていました。

人間関係が多く構築されると同時に、人の気持ちがわかってきたけれども、それでも私の中の「正しさ」は、法律かのように、常識をきつく締め付けていました。けど、それが一切合切悪いとは言えず、支障をきたすこともなく、寧ろ、高校の単位を落とさずに済んだ上に、私の成績を底上げする、大きな助けとなりました。

しかし、人間関係では、「正しさ」は時には刃になり得ることを、私はあまり理解していませんでした。


Yくんとの間のトラブルが起きた同年に、私は友達とまたトラブルを起こしました。

起こした相手は、「Rさん」と呼びましょう。Rさんは、高校に上がってからの初めての友達でした。私はそんな彼女に、とても信頼を置いていました。しかし、時を重ねていくにつれ、彼女は私と遊んでいても、他の子にばっかり構うようになりました。私とは、あまり話が合わなくなってしまったからでしょう。そして、だんだん私達の心の隙間は、大きく広がり、やがて地割れのような亀裂に成り果てました。

私は、ついに絶えきれなくなり、非常に勝手な形で、その子との縁を切りました。彼女は最後に、「あんだけ色んなことをしてあげたのに」と言っていました。…確かに、あの子とは借りが残った状態で、別れたと言って良いでしょう。というのも、当時私が欲しかった物が、ぎりぎり届かない値段で、落ち込んでいた私に、彼女は「半分だけ貸してあげる」と言い、お金を貸してくれました。…私は、結果的には恩を仇で返してしまいました。自分の苦しみから逃れる為だけに、彼女の心を壊したのかもしれません。


そして、その翌年にて、私は今度は親友と彼氏との間でトラブルを起こしました。

嬉しいことよりも、悲しくて苦しいことばかりが積み重なってしまい、それを家族に吐き出そうとしても、家族は怒鳴りつけて、私を抑圧するばかりで、行き場のないネガティブな感情を、親友と彼氏にぶつけるようになりました。ここまでくると、私でさえもよくわかっていました。「これは良くないことだ」と。今度は、罪悪感で苦しむようになりました。

当初こそ、「叱られたくない」や、「楽になりたい」という一心があったのに、気がつけばそれは、「誰かを苦しめたくない」や、「自分がいなくなることで、これ以上誰かを不幸にせずに済む」という、厄介な感情が、私の心の内を占めていきます。

元から、足の踏み場がない心の中に、水で湿ったかのような、綿が部屋中に詰まったかのような、そんな苦しみです。そして、その綿はいつしか、私の肺にすら侵入した。息ができない生活を送り、息を吐き出したいが為に、親友と彼氏を傷つける生活を送りました。


やがて、親友と彼氏は私のその日々の行いに絶えきれなくなり、私と縁を切って、去っていってしまいました。私は、わかっていました。その「誰かを苦しめたくない」や、「自分がいなくなれば済む」という感情が、一番私や誰かを傷つけていたということに。そして、その思考が生まれた原因は、私の中の「正義」でした。

時に、人はどうしても「悪」とされる選択を取らざるを得ません。浪費をしたり、人を傷つけて、自分の意見を主張したり、関係が苦しいと思うが、恩のある相手との縁を切ったりなど、それは挙げ出したらキリがありません。

私は、その一切を善しとはしませんでした。…善しとしていないのに、私の口から、指から現れる文字は、「悪」の選択を取りました。それが余計に、私の中の「正義」が蔦を伸ばし、私の心を、親友や彼氏の全てを束縛したのです。

縁を切られたその時、まるで自身が破裂するかのような、激痛を伴う苦しみが、私の心身を襲いました。来るとわかっていた痛みであれど、苦しいことには変わりありません。


やがて、あれから数ヶ月が経ち、今の私が出来上がりました。…未だ、私の中の「正義」は、私を苦しめたままです。

一切の過ちを認めず、…しかし、自責も許さず、誰かに助けを求めるのも愚かとし、私は家族の望む、「幸せな子供」になりました。

怒りや悲しみを、押し殺すことが得意になっていきました。しかし、押し殺したところで、それらはちゃんと焼いて、処理をしなければ「腐り続けるゴミ」なのです。

私は、今にして思うのです。人間の生活には、どうしても「ゴミ」が生まれるのと同じように、日々を送る中で、どうしてもネガティブな感情は生まれてしまう…と。どれだけトラブルを起こさないよう、傷つけないようにしても、それは無駄でしかなかったのです。

だから、私は、ある程度人を傷つけることを許容したかったのです。あっけらかんと過ごし、幸福を追い、死を拒み、楽しく暮らしていくことを、心に誓っていました。…しかし、それは無理でした。何故ならば、とっくに肥大しきった「慈悲」と「正義」、「罪悪感」は、一つのサイクルを作ってしまったからです。

「今度こそ、人に優しくありたい。」、「同じ過ちを繰り返したくない」、「絶対に、正しくあるべき。人を傷つけてはいけない」、そんな感情から、はみ出た行動を取った途端、心は「ああ、どうやっても過ちを繰り返す。」、「許容範囲を超えている」、「もう二度目はない。詫びとしての自死を選べ」と、そう囁いてくる。

そして、私はいつも言ってしまうのです。「死んで詫びる」と。しかし、その言葉でさえも、人を傷つけ、不幸にする言葉です。

…当然ながら、生きることは何かを消費すること。幸せになることもそう。しかし、私は幸せになることも、不幸になることも拒んだ。そんな、中途半端な存在。けど、これ以上答えは出てこなかった。

「だから私は、本当の私は【化け物】でしかなかったのです。」


思考の最果て、そこにはあまりにも醜い【化け物】が、そこに佇んでいたのでした。



(終わり)

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