第10話 プチサラマンダーとピヨ
「『鋼の掟』シリーズが最初に映像化された時だから、もう12年ほど前だろうか……」
と作家、藤堂俊介は並んで歩くピヨに話し始めた。
『鋼の掟』シリーズは、闇の組織の死体処理係と警察の女性キャリアの、許されぬ恋と周辺で巻き起こる事件を描いた連作長編シリーズである。
ピヨの両親が好きだった2時間サスペンスで何度か映像化されていたっけ。
「その時のゲストヒロインに、ミツカレ ティンクルスターズ(MTS)の初期メンバーの鈴木マキホが抜擢されたんだ。
原作者の特権で撮影現場に顔を出した僕は、彼女に一目惚れしちゃってね」
「それで、あのサイコロで決める日本人の苗字リストの最初の方は、MTSの初期メンバーと同じだったんですね」
とピヨが言うと、藤堂は「君もミツカラーか」と固く握手を求めてきた。
「まぁ、最近はバタついていて、追えてないんですけど」とのピヨの言葉に、笑みを浮かべて軽く首を振る藤堂。
オタクという人種は、誰もが同志を見つけると嬉しいものだ。
「ハマった僕は、CDやアイドル雑誌を買い、動画を漁り、メンバーが出るテレビやラジオをチェックした」
普通の社会人でもオタクは隠したいものだ。
ハードボイルド作家なら、なおさら秘密にしなければならないだろう。
「作家業の傍ら、オタ活に浸る。そんな日々に飽き足らず、僕は入ってはいけない領域に足を踏み入れてしまったんだよ……」
もしかして、アイドル禁断の恋愛か?
闇に葬られたスキャンダル?
っと、話が佳境に入りつつあるところで、後からトボトボとついてきていた宮本環が、並んで歩く2人の肩をがっちりと掴んだ。
「お話の途中すみません。魔物が来ます。……デカいやつが……」
今までののんびり散歩気分はどこへやら。
その場に留まった環は、収納袋からアクセサリーを、延々と取り出しては嵌めるを繰り返している。
「ほら、ピヨもセンセも嵌めて」
と指輪を渡された。
「ちなみにこれは?」
「センセのは【颯の指輪】素早さが倍になるから敵から逃げるのに便利。ピヨのは【剛力】の指輪。センセが怪我したら、担いで逃げなさい」
今持っている刀があるから素早さは不要というわけか。
大型の魔物の足音が遠くに聞こえる。
周囲の鳥型の魔物が空に飛び立つ羽音も聞こえる。
環がしゃがみ込みブーツの靴紐を結び直した。
「じゃあピヨ、センセは頼むよ」
環がアイボリー色の鞘から、日本刀を抜く。
ジジジッと音がするのは、雷属性なのか。
地面の振動が大きくなってきたので、ピヨと藤堂は腰を落として前を見ている。
20メートルほど先で息を整える環と、その向こうから近づいてくる大きな魔物。
黒っぽい赤の鱗に覆われた5〜6メートルほどの体長のトカゲ。大きな鼻の穴から出る呼気に炎が見える特徴は……。
「サラマンダーか?」と藤堂から漏れるが
「いえ、あの大きさならプチサラマンダーです」
とピヨが返す。
炎を吐く大型のトカゲ【サラマンダー】は体長が10メートルを超えたものを指す。
プチサラマンダーはその小型の魔物なのだが、炎の攻撃や振り回す尻尾の勢いはこちらも恐ろしい。
誰だよプチなんて名前を付けたヤツ……。
その後の環の動きを擬音で表現すると、スタスタ ピョン ズシャー バタン シュー……である。
簡単に倒された巨大な山椒魚みたいなトカゲが、シュワシュワと光の粒に代わりダンジョンに溶けていく。
元ランキング1位ってやっぱり凄い。
何が凄いかわからないが、凄いってことだけはわかる。
「むむっ、アレはなんだ?」
藤堂が指差すのは、正面にあるのは石造りの門。
よく見ると、中に長い廊下が見える。
「はあぁぁ? 2層目への門は魔物が持ち歩いてたの⁈」
と環が天を見上げた。
「私ね、後々ダンジョンに潜りにくる皆さんのためにそこそこの魔物を狩らずに取っておいたのよ、良かれと思って」
プチサラマンダーはそこそこの魔物なのか?というピヨの頭に浮かんだ疑問は放っておいて
「この数週間の次の層への階段探しをずっとしていたんだけど……全部無駄足だったってこと……?」
環の嘆きは無視して、ピヨと藤堂は討伐現場に残ったプチサラマンダーのドロップ品を眺めている。
こちらも買い取りになるのだろうか。
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