第4話:澪ちゃん、したことあるん?

 梨羽さんの腕を自分の肩に回し、腰を支えながら駅から20分ちょっと。

 想像していたよりずっと細い体、時折耳元にかかる熱い吐息に、心臓が変な音を立てた。


 更に冷え込んだ夜風に吹かれて、彼女の部屋まで歩く。

 エレベーターのないアパート、二階。

 階段を上がる頃には、こっちが先に息切れしてた。


「ご苦労さ〜ん、ほんまありがと〜」

 鍵を開けて、ふにゃっと笑う声がした。

 もうだいぶ酔いがまわってるはずなのに、やっぱり梨羽さんは目を見て笑う。

 それが腹立たしいような、困るような。

 

 部屋に入ると、イランイランの匂いがふわっと鼻をかすめて、どこに立っても距離の近すぎるこの部屋。

 なんだろう、妙に“人の暮らし”を感じて、目のやり場に困る。


「とりまシャワー浴びよっか? えっと、下着ある〜?」

「えっ、あ、はい……その、徹夜用に……一応コンビニの予備はカバンに」

「は〜やっぱ澪ちゃん、真面目すぎ! そんなに仕事にのまれたらあかんよ〜?」

「え、いや……それは、まあ……」

「ウチなんか絶対終電で帰るし! どんだけ忙しくてもシャワーは意地で浴びるもん〜」


 ケラケラ笑いながらタオルを投げてきて、

「これでいけるっしょ? サイズ、大丈夫やと思うけど〜」

 と、渡されたのはTシャツ、そしてほんのり丈が危ういショートパンツ。

「え、ちょ……これ……短くないですか……?」

「え〜? 普通やん? 部屋着よ〜?」


 ……普通じゃない。

 ていうか、こんな服着るの、人生初かもしれない。

 あと、匂い……これ、めちゃくちゃ梨羽さんの匂い……

「じゃ、ごめんけど先入るから待っててな〜」

 浴室へ向かう梨羽さんを見送り、私は一心不乱に床を見つめてた。


 ◇◆◇◆◇


「シャワーありがとうございました……」

 梨羽さんのあとにシャワーを借りたが、どこも見ちゃいけない気がして、全く記憶が無い。

 髪を拭きながら出てきたら、梨羽さんは布団の上でくつろいだ姿勢のまま、スマホをいじっていた。


 大きめのTシャツ一枚。

 ──部屋着というにはあまりにラフすぎでは?

 ちらりと脚のラインが視界に入ってきて、また目のやり場を見失った。


「うわ〜澪ちゃん、濡れ髪もかわい〜。ええやんええやん、彼女感〜♡」

「や、やめてくださいそういうの、冗談でも……!」

「ほら〜、そういうとこも、かわいい〜」

 とか言って、太ももをちょんとつついてくる。


「なぁ澪ちゃん、もうちょい夜更かししよ〜?」

「……えっ?」

「ほら、あんま寝るテンションじゃなくない?ウチ、ちょっと動画見るわ〜」

 スマホを枕元に立てかけて、再生ボタンをタップする音。

「はいどうも〜〜っ!」と、画面から飛び込んでくる明るい声。


(あっ……この声──)


「ウチな〜、最近このVにめっちゃハマっとんよぉ」

「えっ、あ、わ、私もです!今日の配信もホントはリアタイしようかとおもったんですが、飲み会だったので後でアーカイブ見ようかと思ってたところで……!」

 思わず声が大きくなる。

 梨羽さんがぱっとこっちを見て、嬉しそうに目を細めた。


「え〜!まじ!?なになに、どの配信から?切り抜き民?リアタイ勢?」

「い、いや、その……もともと実況者時代から見てて……アーカイブ中心で……」


(って、しゃ、喋りすぎた……!好きなものの話になるとつい早口になるの、自分の悪い癖なのに……!恥ずかしい……!)

「え〜〜オタクおる〜!?てか早口オタクな澪ちゃん、ヤバ〜〜!!」

 笑いながら、梨羽さんが布団をぽんぽんと叩く。

「じゃ、今日の配信ちょっとだけ見よ〜?」

「え、と……じゃあ……」

 隣に腰を下ろすと、布団の温もりとシャンプーの香りが混ざってくる。


 笑ってる横顔が近くて、画面に集中できるわけもなくて──

 そっと、梨羽さんの肩が寄ってきて、腕がかすかに触れる。

 スマホの小さな画面をふたりで覗きこむこの距離。

 なんでもない時間のはずなのに、なんでこんなに、心臓が鳴ってるの……。


 そのまま、動画の再生バーが1/4くらいを過ぎた頃。

「ん〜、まだ途中だけどそろそろ寝よかな〜? ……って、澪ちゃんの布団敷くの忘れてたわ」

 梨羽さんがスマホの画面を切って、立ち上がる。

 軽いノリのまま、梨羽さんが布団を敷いてくれた。

 ──シングルサイズ。ピッタリと並べて。


「とりあえず予備の掛け布団、これでええ?」

「……あっ、はい……えっ、ここ、隣……?」

「部屋狭いんやから、しゃーないやん」

「……」

「なに? 意識してんの〜?」

「ち、違います!!」

 否定の声が裏返る。

 何も言えなくて、思わずスマホを手に取ったけど、

 画面は真っ暗で、ただ自分の顔だけが映っていた。


 ◇◆◇◆◇


 布団に入っても、眠れない。

 目を閉じても、頭のなかでずっと梨羽さんの声が響いてる。

 距離感も、言葉も、香りも。

 全部が近すぎて、処理できない。


「あの……お泊まりって、ほんと私、初めてで……」

 ぽつりと漏らした声は、自分でも情けないくらい震えてた。

「そか。じゃあ、今日が記念日やんな」

 ぽそっと笑った梨羽さんの声は、

 なぜかやけに優しくて、

 そのせいでまた、眠れそうになかった。


 時計の針だけがカチカチと音を刻んでる。

 部屋のどこかで、冷蔵庫が小さく唸ってて。

 梨羽さんの寝息は──まだ聞こえない。

「……なあ、澪ちゃん、起きとるやろ?」

「っ……はい、まだ……」

「んふふ、やっぱり〜〜」


 隣で布の擦れる音がし始める。

 のそのそと体を起こしたかと思えば、

 そのまま、私に覆いかぶさるように。


「……澪ちゃ~ん、うち、寂しい〜」

 掛け布団の上から、梨羽さんがのしかかってきた。

「もうちょっと遊ぼ〜?なあ〜?」

 私の上でごろごろ転がって、胸のあたりで頭をぐりぐり……って。

 

 な、何?この状況?!


「なっ……ちょ、ほんと重い、重いですって……!」

 顔が近い。吐息がかかる。

 悪ふざけと甘えの境界線が曖昧な声。

 ──この人、どこまで私で遊べば気が済むんだろう。


「うそぉ〜? ウチ、痩せたんやけどな〜?ほら、お腹触ってみ?」

 来ているシャツをぺらりとめくって、真っ白なお腹が月明かりに浮かぶ。

「いやいやいや、触りませんから……!」


 くすくす笑いながら、指先が薄い布越しに肩を撫でて、首元に絡む。

 そのまま髪をそっとかきあげて──

 耳たぶの後ろに、そのまま触れた気がした。


「っ……ちょ……ほんと、なにして……っ」

 心臓が、痛いほど鳴ってる。

 この体勢じゃ身動き取れない。


「なあ〜……澪ちゃん……」

 吐息が耳元で甘く揺れる。


「セックスとか……したことあるん?」


 ──そこだけ、やけに静かだった。

 梨羽さんの指が、首すじにすっと触れたまま──止まった。


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