王太子妃教育係、実は伝説の元暗殺者でした

@ruka-yoiyami

第1話:教育係は殺しから始まる

――私はこの夜、また一つ、命を奪った。


手元の短剣から、温かい赤が滴る。

相手は私に気づくこともなく、音もなく倒れた。

顔も名前も、もう思い出すことはないだろう。

今日のそれは、ただの“掃除”だった。


私は――伝説の暗殺者ナイチンゲール

その正体は、王城付き教育係・ミレイユ=クローデル。

世間的には、地味で目立たない、冴えない中年女性。

それが私に課された、完璧な“偽装”。


だが、教え子は一筋縄ではいかなかった。


「あなた……本当にただの教育係かしら?」


そう言ってこちらをじっと見るのは、王太子の婚約者、イレーヌ嬢。

気位が高く、言葉に棘を含ませる、いかにも宮廷に染まった令嬢だ。


「わたくしの机に、あの騎士団長の極秘書類が置かれていた件……偶然だと思っている?」


この娘、勘が良すぎる。


いや――それもそのはず。

彼女自身、王太子との婚約を盾に、宮廷内の情報工作をしている女なのだから。


私は彼女に微笑みながら、うやうやしく頭を下げた。


「お嬢様。わたくしはただの教育係です。たとえそう思われても――構いません」


そうして背を向けたその夜。

私はまた、仮面とマントを纏い、王宮の裏路地に立つ。


任務は、“内通者の抹殺”。


人知れず、血が流れる。

私が存在するかぎり、王宮の秩序は保たれる。


それが、暗殺者ナイチンゲールの仕事。


だがその翌日、私の前に現れたのは――

この国の第一王子・ルキウス殿下だった。


「ミレイユ嬢。貴女に、王太子妃の教育係を任せたのは正解だったようだ」


そして彼は、意味ありげな微笑を浮かべて言った。


「……ところで。君は、夜になるとどこに行っている?」


その言葉に、私は心の奥底で冷たいものが滴り落ちるのを感じた。


《ナイチンゲール》が、王子に気づかれている――?


正体が知られるわけにはいかない。

だが、それはただの警戒心ではなかった。


私の中の、長く凍っていた何かが、彼の瞳に溶かされていく。


これは、

仮面をかぶった暗殺者と、王子の心が交差する、秘密と裏切りの物語。


──私はただの教育係。

それが通るうちは、まだ平和だ。


でもいつか、その仮面は剥がれる。

血の匂いとともに。

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