第4話 2週間後、Xへの投稿
私の投稿、残ってたんですね。あのアカウントはなぜか、ログインできなくなっちゃったので、このアカウントで追加の投稿をします。1週間前、「深夜の列車で車掌さんが私だけに話しかけてきて、私のすぐ後ろまで迫ってきた」という書き込みをした大学生です。私は今日、父のお墓参りをしてきました。
あのアカウントの最後の書き込みは、あの人に後ろからスマホを奪われて音声入力されたものです。あの人は、車掌の格好をしていませんでした。顔がほとんど潰れていました。父の顔ではありませんでした。仏壇で毎朝向かい合っていた顔ですから、潰れていたって見分けはつきます。父ではありませんでした。
直感としか言いようがありませんが、音声入力の途中で私はあの人が誰か分かりました。「〇〇さん?」と私は尋ねました。毎年、父の命日に手紙を貰っていた遺族の方の苗字です。父が助けようとした人の苗字です。あの人は、顔を歪めました。スマホを落として、私の首に手を回しました。
その瞬間、とんでもない大音量のアナウンスが流れました。私には「いい加減にしろ」と聞こえました。あの人はびくっと肩を震わせて、固まりました。私はその声を知っていました。いつか聞いた、本当によく喋る車掌さんの声でした。そして私が母のお腹の中で、何度も何度も聞いた声でした。
私は立ち上がり、あの人の横をすり抜け、車両の後ろ側に向かって通路を走りました。あの人は、私を止めませんでした。あの人の足音が聞こえてこないので車両の接続部で振り返ってみると、あの人は私を追ってきてはいませんでした。こちらをまっすぐ見ていました。嘘がばれて、泣き出す直前の子供のようでした。
私はそのままいくつかの車両を走り抜け、最後尾につきました。最後尾で、乗車席と運転席とを隔てるガラス窓の向こうに、父がアナウンスのマイクを持って立っていました。遺影と同じ、穏やかな笑顔でした。私は窓のそばの戸を思い切り引きました。開きませんでした。押してもダメなのは、分かっていました。
私が声の限りに叫ぶと、父は席を指差しました。座りなさいとたしなめられたような気がして、私は席に移動しました。席に座って初めて、私は自分がボロボロ泣いているのに気がつきました。袖で顔を拭い、父の方を見ると、父は笑みを深めて、マイクを口に近づけました。「ドアが開きます。ご注意ください。」
その後は、気がついたら、病院のベッドの上でした。そばに座っていた母が、泣いて私の手を握り、ナースコールを鳴らしました。私はあの日の夜、大学の最寄り駅に入ったのを最後に3日間行方不明になっていて、4日目の早朝に父が亡くなった駅近くの線路脇に倒れていたそうです。
私のすぐそばを始発列車が通過して、私は無事だったけれども、線路上に置かれていた鞄がずたずたになってしまいました。中にはスマホと課題に使うパソコンが入っていましたが、どちらもデータの復元は叶いませんでした。私は1週間入院して、身体に異常がなかったので退院しました。
精神に関しては、解離性遁走の疑いがあるとかでまだ何度か通院しなければならないようですが、しょうがないですね。この話、家族にはできません。信じられなければ、幻覚だ、心の病気だと思われるかもしれないし、信じたら信じたで、母が怒り狂って、あの人の遺族に突撃していきそうだから。
なので、私は今日、母にねだって、「無事に帰ってきたことを報告するんだ」という名目で、父のお墓参りに来ました。でも私を無事に送り届けてくれたのは絶対に父だから、その報告をする必要はなく、「送ってくれてありがとう。」のお礼を言ってきました。それからもう一つ、あの人についてもお願いをしました。
あの人はきっと、寂しかったんだと思います。遺族には「他人を巻き込んで死んだ」と思われ、父のように時々此岸で遊ぶこともできず、一人ぼっちで線路上に縛られて。だから父の列車を乗っ取って、父と、たまたまその線を使っていた娘の私を誘拐して、彼岸に渡ろうとしたのでしょう。無惨に失敗しましたが。
父は私を途中でおろして、あの人と一緒に列車で終点の彼岸に渡っていってしまった気がします。きっともう、あの2人は戻ってきません。私も、戻ってこなくていいと思います。お彼岸以外は。だから私はお墓の前で改めて、父にお願いしました。
次のお盆には、あの人と2人で、私に会いにきてね。その時は、私があの人をビンタしても怒らないでね。そしてその後は、あの人の話を2人で聞こうね。
よく喋る車掌さん @mustardflower
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