6-2

はらはらと紅い花びらが舞い落ちる。


常に満開だった紅い桜の枝が姿を見せ、その枝の隙間を日射しが冷たく温かく差し込んでいく。

紅い桜の意識は次第にぼんやりと曖昧になり、言葉を想像することが難しくなっていた。

その変化に合わせるように、街からは人間が減っていき、風から聞こえていく言葉や音が減っていくことを紅い桜は残念に思っていた。

『し、ず・・・ね』

気づけば紅い桜の周りに設置されていたフェンスは腐食し、その形を成していなかった。

昔のように誰もが行き来出来るようになっていたが、もう紅い桜の元にくる人間が住んでいない。

紅い桜は枝を持ち上げた。

鈍い音が響き、一本、また一本の枝が落ちていく。

『ね、む』

日射しが眠りにつき、月が目を覚ました頃だった。

人間の足音が紅い桜に近づいていた。

『だ?』

「あぁ。間に合ったみたいね」

月明かりのように柔らかく優しい声が紅い桜に届いた。

「言ったでしょ?私はここに残るって」


最期まで一緒にいさせて


紅い桜の幹に右手を添えて微笑んだその女性の反対の手には、青年が昔読んでいた本が握られていた。

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