ユンファの花が咲くとき
みみっく
序章:祈りの種
空は、何も知らないふりをしていた。
雲ひとつない澄んだ光に満ちて、風は穏やかに草を揺らし、木々の枝先で小鳥が朝を鳴いた。 世界はまるで、ここに“神の咎”など存在しないかのように、微睡みの中で息をしていた。
その村の外れ、小さな庭で、少女は地面に膝をつきながら、ひとりの花と向き合っていた。 春の名残のような、白く小さな野花。誰も気づかず、踏まれる寸前でひっそりと咲いていたそれに、少女はそっと指を添えた。
「……だいじょうぶ。わたし、見つけたからね」
指先に触れた小さな命が、ふるふると震えた。風ではない。 まるで“返事”のように——それは、生きることを赦された者のように揺れた。
少女の名は、アリア。 父は元・神律の裁定者。母は、神々の一柱。 この世界で最も祝福から遠く、同時に最も愛された命。
けれど今、彼女はそれを知らず、ただ誰かのように、花の言葉を信じていた。 それが“祈り”と呼ばれるものだとも知らずに。
——その頃、空の高みでは、ひとつの“眼”が静かに開いていた。
裁定神、アクスレイ。理の執行者にして、秩序の鏡。
彼は、神々が定めし摂理の均衡に微細な“揺らぎ”を感知した。 それは、時代の節目を告げるかのように、静かで、けれど確かに世界の核を撼わせる兆しだった。
【禁忌の存在、顕現せり】
静かな神託が、神域を流れる。 誰も声を上げない。ただひとり、闘争神ヴァリスタだけが、口の端を歪めて嗤った。
「ならば、再び“裁定の剣”を振るうとしよう。 愛だの、祈りだの……摂理は、感情では曲げられぬ」
——しかし、その時、地上では確かに揺らいでいた。
「この子はね、ママとパパの“おねがい”から生まれたんだって」
アリアは自分の胸をぽんぽん、と小さく叩いた。
「だから、ここにいてもいいの。わたし、それ、信じてるの」
花は揺れる。 風が囁く。 そして空が、それでも黙って青くある。
この日、誰もまだ知らなかった。
この小さな種が、 いずれ世界の摂理そのものを変える一輪の“ユンファ”へと育つことを。
それが、“咲いてはいけない”とされた祈りの形であることを。
そして、 誰かを守りたいと願った愛こそが、神すら裁くということを——
——祈りの種は、もう地に落ちていた。
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