第5話

三人で暮らし始めてから二月が過ぎた。

幸いなことに新作は働き手が見つかりささやかなものではあるが収入を得て、屋根のない小屋を少しはましな形に建て替えるところまでこぎつけた。

柚子もだんだんと新作に懐きいびつだった共同生活も少しは様になり始めていた。

「お兄ちゃん、肩車して」

新作は背丈が平均よりは多少大きかったこともあって柚子はよく新作と遊ぶ際肩車をねだることが多かった。

「よーし、ほら、おいで。」

柚子が歓声をあげて新作の肩に飛びつく。そんな光景を顔を綻ばせながら珠代は台所で手を動かしていた。

「新作さん、今日は市で味噌が手に入ったので久しぶりにお味噌汁が作れますよ。」

「本当ですか。それはうれしい。」

そんな会話をしながらふとした瞬間に新作が顔をしかめることがあるのを珠代は知っていた。どうやらこめかみのあたりが時折ひどく痛むらしかった。



ある日の晩、その日は近くにできた風呂に初めて入りに行った日だった。ガスを通すことが難しいため空襲後ながらく民家には風呂なるものが存在できていなかった。

「よかったですねあったかいお風呂に入れて。」

そう言いながら笑う彼女の腕には疲れて眠ってしまった柚子が抱かれている。

はじめてあったころに比べれば多少なりとも大きくなったと感じる。

そんな柚子の頭を優しくなで、そっと布団に寝かせる珠代の一つの団子にまとめられた湿った髪をぼんやりと新作は眺めていた。

「ん、どうしたんですか。」

視線に気づいた珠代が布団に手をついてこちらに上体を乗り出してきた。

風呂上り間もないせいかほんのりと頬が上気してどこか艶っぽいものを印象付ける。

見上げられた視線に耐え切れずそっと目をそらし、下を向いたのが間違いだった。

ほんの少しだけはだけた襟元が視界に入る。

今までも何度かそういう場面にでくわしたことはあったがその時はなんともなく気にさえ留めていなかった。

けれどなぜか今日はうまく目が逸らせない。

新作の釘付けになった視線の正体に気づいた珠代の頬はより一層赤みを増して、ばっとおおげさにからだを引いた。

胸元をかばうようにさっと手が襟に添えられている。

「な、な、なん」

あきらかに挙動不審になっている珠代の様子がさらに新作を釘付けにする。

ごくりと唾を呑む音が響く。

「あ、あの新作さん。」

肩眉だけぴくりと動かし、こちらを睨む珠代の頬にそっと手を近づける。

「珠代さん。」

名前を呼ぶ。掌が頬に触れた。

「なんでしょう。」

小刻みに震えているが珠代は新作の手を受け入れる。

ゆっくりと顔を近づけると、珠代が目を閉じた。

優しく唇をあわせ、珠代の細い体を抱きしめた。

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