ふたひらめ 白い線
例えば、チョークの軌跡、巾着の紐、スカートのダサい縦模様。窓の縁、グラウンドの境界、車道に引かれたセンターライン。そして、君を運ぶ――
「こぉおら!山岡!」
はっとして前を向く。村田が頬をやや膨らませてこちらを睨んでいる。いや、女子がやるならまだしも、いい歳したおじさんがやっても微塵も可愛くない。というか、普通に怖い。
「俺の授業中に何外見てんだ」
今度はニヤニヤしながら聞いてきた。どうやら、私が気になる人でも見ているんじゃないかと勘ぐったらしい。余計なお世話だ。そんな相手はいない。とはいえ、どう説明しても長くなる。ここは適当に誤魔化すべきだろう。
「せんせー、山岡は最近ずっとこんな調子ですよー。なんせ、もうすぐ帰ってくるんだもんねー。」
言い訳を考えていたら、ムードメーカーの田崎が代わりに説明してくれた。なるほど、簡潔だ。でもそんな誤解を与えそうな言い方をわざわざ選ばないでほしかった。…まあ、でも、そう、もうすぐ帰ってくるのだ。私の、
「ガールフレンド!」
…ちょっとまて、違う違う。あ、いや、あって、いる、のか…?確か英語ではアクセントを置く場所によって「彼女」か「女友達」を使い分けている、というのをつい先日聞いたばかりだ。とはいえ、日本語ではそんな違いは分かるはずもない。見上げると、村田はさらに口角を上げていて、後ろからはくすくすという笑い声が聞こえてきた。
――「ねえ、ゆうちゃん、線鬼って知ってる?」
やわらかな、幼さをまとった声が、尋ねてくるる。知らない、机に置かれた折り紙をいじりながら口を動かす。
「説明してあげるから、いっしょにやろうよ。」
とりあえず適当に返事をしておく。鶴の首が上手く折れない。
「ねえ、聞いてる?…ねえってば。」
不意に、腕を掴まれた。見上げると、頬を膨らませてこちらを睨んでいる少女がいた。
――8月1日。いよいよ今日だ。彼女に会うのは小学5年生以来だから、実に5年振りの再会だ。昼に空港に迎えに行く予定だが、昨日なかなか寝付けなかったせいか今朝は寝坊してしまった。一階では父と母が既に身支度を終えていて、ニュースらしきテレビの音と私への催促が飛んでくる。やっと前髪が満足いく形になったので、ショルダーバッグを引っさげて下の階にかけ降りる。
「おい!これみさきちゃん達の便じゃないか?!」
父が珍しく大声をだしたので、一瞬階段を踏み外しそうになる。体勢を立て直したところで、やっと頭がまわりだした。みさきちゃんというのは彼女の名前で、達というのは彼女が家族と一緒に帰ってくるからで、便というのは飛行機で、それで、それから、父が、ニュースを見て大声を出した、ということは…。
バッグを放り出し、前髪が崩れるのも気にせず下に突っ込んだ。もはや階段を踏んだかさえ分からないが、転びかけながらも、何とかリビングにたどり着く。
「…事故の原因はバードストライクだと思われる、と発表しており、引き続き調査を行うとともに…」
――そこには、無惨に折れ曲がった飛行機が横たわっていた。
例えば、チョークの軌跡、巾着の紐、スカートのダサい縦模様。窓の縁、グラウンドの境界、車道に引かれたセンターライン。そして――。
――そして、青を引き裂く、飛行機雲。
それらを辿っていけば、いつか君にたどり着く。
――ああ、そういえば、これも白だ。
はなびら、君と。 夏きゃべつ @Natsukyabetu
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