はなびら、君と。

夏きゃべつ

ひとひらめ ぜんぶ、わたしのせい。

 私には大切な友人がいた。その人はいつも笑顔で、陽気な人だった。その彼女が3日前、交通事故にあった。轢かれそうになった子供を庇おうとしたのだそうだ。実にお人好しで、後先考えない彼女らしい。



 今日は、彼女との面会の日。彼女の好物のプリンを持ってお見舞いに来た。ガラガラ、ガラッとやや引っかかりながら扉を開く。窓から差し込んだ陽の光が眩しくて、彼女の顔はよく見えない。近づいて声をかけようとして、ようやく顔の目や鼻や口がうっすらと見えた。彼女はこちらに気づいた様子もなくただ前を見ていた。静かに...身動きひとつせず...。私はしばらく立ち止まっていたが、何も話しかけられなかった。それが申し訳なくて、たまらなくなって逃げるように病室から出た。静かに歩く人々を避けて、殺風景な廊下を早歩きで突き進む。


 ーーーあんな彼女は知らない。



 1ヶ月後、彼女が学校へ戻ってきた。やはり誰とも目を合わせようとしない。彼女を気遣って話しかけていたクラスメイトたちもいつの間にか彼女を遠巻きにするようになっていた。そんな日々がずっと続き、いつの間にか彼女と話さないまま半年がすぎた。



 終業式。いつも通りの道をいつも通り自転車で学校に向かう。半年前までは彼女と話しながら歩いていた道も、今はひとりで自転車をこいであっという間に通り過ぎる。ぼうっと彼女の顔を思い出す。笑った顔、泣いた顔、怒った顔、そして無表情な、あの冷たい顔...。不意に視界が暗くなった。何かに体を押されて、地面に叩きつけられる。顔が暑い。そっと目を開けると、車が止まっていた。そして...地面で彼女が倒れていた。私は、この光景を、知っている。赤い液体が一面を染めていく。鮮やかに、生々しく、あの日と同じように。それは私の顔にも着いていたらしい。通行人が救急車を呼んでくれた。担架に乗せられた彼女を見て、私は泣き崩れた。彼女は笑っていた。穏やかに、以前と同じように。彼女は、彼女のままだった。



 以後、私は二度と彼女に会うことはなかった。元々終業式の後に転校するつもりだったらしい。ピントの合わない目を細めて、穏やかに笑いかけている彼女を、そっと思い浮かべた。

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