激流の主

 エルクリッドが外へ出た時、戦う前とは景色は一変していた。強い風が吹いて雲が空を覆い始め、川も荒れ狂って陸に続く道は水に沈んでいた。

 それがこちらに向かう不自然な波に光る何かによるものであること、それが強い力を持つ魔物というのだけはエルクリッドは理解し、指に挟むカードに魔力を込めて赤く輝かせる。


「赤き一条の光、灯火となりて明日を照らせ! 来て、ヒレイ!」


 燃え上がる炎の如き光を突き破り姿を見せるはファイアードレイクのヒレイ。門を守るように佇み近づく脅威に向けて先制攻撃とばかりに紅蓮の炎を吐きつけ、波を蒸発させ周囲を蒸気で包み込む。


「ちょっと! いきなりすぎ!」


「いちいち待ってやる必要はないだろう。集中しろ、来るぞ」


 目を細めつつ咆哮でヒレイが蒸気を吹き飛ばし、刹那に川より現れる巨影にエルクリッドは戦慄しつつも目の前に集中する。


 雲間から差す光が照らし出す巨影の正体はねじれた金の二本角を持つ雄牛のような姿をした魔物だ。

 足の代わりにヒレになりつつある腕で巨体を支え、それでいて半身は魚のような尾びれを持つものであり半牛半魚といった姿である。


「オドントティラヌス……! こんな魔物がどうして……」


 特徴的な身体からエルクリッドは魔物がオドントティラヌスと見抜き、緊張感が一気に高まる。淡水に住む強大な魔物の一種であり、一度暴れ出せば川は荒れ狂い下流域を壊滅させる存在と記憶しているからだ。

 同時に気性が温厚で余程のことがなければ荒れる事はない存在とも。


(シリウスが言ってた何かが起きようとしてるって事と関係が……?)


 オドントティラヌスほどの魔物が行動した事でレモラの大群が発生したなら納得がいく。同時に思い浮かべるのはシリウスの言葉であり、だが今は目の前の魔物を倒す事が先とエルクリッドは気を引き締め直す。


 野太い雄叫びを上げて威嚇するオドントティラヌスの様子から、鎮めて落ち着かせるのは難しいと判断。ならば倒すしかないと決めると共にヒレイが応えるように咆哮で威嚇し返し、刹那に炎を吐きつけその勢いでオドントティラヌスを吹き飛ばしてみせる。


「スペル発動アクアチェーン!」


 追撃のスペルをエルクリッドが使い、川の水が鎖となってオドントティラヌスの身体に巻きついて絞めつけんとする。が、力強く身体を振られあっさりと破られてしまい、ギラリと睨みつけるオドントティラヌスは上半身だけを出して川の中へ。

 そして尾びれを水中で振り抜いて高波を引き起こし、これは防ぎようがないと判断したヒレイはエルクリッドを咥えて背中に向けて投げ、それを上手く乗せて飛翔する。


 その瞬間に門に直撃した波が完全に陸地を沈め、同時に水没対策をしてるからかすぐに側溝へと水が流れていくのが見えた。


「とりあえず中の方には影響はないだろう。だがどうする、お前を乗せて戦うには手強いぞ」


「わかってる。でもこのまま戦わないと」


 リスナーにとって最大の弱点はリスナー自身を狙われる事だ。オドントティラヌスがそれを理解してるかはともかく、範囲攻撃を仕掛けられては自身を守るのに手一杯となりアセスの支援はできなくなってしまう。


 となればヒレイに乗った状態で共に戦うしかなく、同時に危険度も高くなる事をエルクリッドは承知の上でカードを引き抜く。


(水中に引き込まれればヒレイでも敵わない。あたしの魔力も多くはない……どうする……?)


 戦いの後に連戦となった事やヒレイの消費魔力にまだ耐えられない事もあり、エルクリッドから余裕が消える。

 ふと脳裏に浮かぶのは一撃必殺という言葉、そして、それを確実のものとする唯一の方法だ。


(高等術……あたしに、やれる……?)


 師クロスが教え見せてくれた高等術は二つ。その内の一つスペルブレイクならばヒレイの強化スペルを高め、攻撃力をかなり上げる事ができる。

 だがまだできた事はなく試行錯誤の真っ只中。命をかけたこの戦いの中でそれを成し遂げられるのか。


「エルク、お前が弱気になると戦いにくい」


「あ、ごめんヒレイ。でも……やっぱり怖いよ」


「わかっている。だから覚悟を決めるまでの時間は稼いでやる……落とされないように掴まっていろ!」


 旋回するのをやめたヒレイが急降下し、凄まじい咆哮と共にオドントティラヌスに襲いかかる。飛び跳ねてきたオドントティラヌスが角を突き刺さんと迫るが、逆に掴んで押し留めると身体を回転させそのまま水面へと投げ飛ばす。


 だがそこから追撃する事はせず上昇して距離を取り、水中に身を潜めたオドントティラヌスに警戒しつつエルクリッドの判断を待つ。


(迷うなあたし、怖がるなあたし……あたしは強くなりたいんだ、強くなって、あいつに勝つ為に……)


 倒さねばならぬ相手がいる。その為に強くならねばならない。

 胸に手を当てて深呼吸をし、頭につけるゴーグルを下げ目につけたエルクリッドは両頬を叩き、よしと言ってカードを二枚引き抜く。


「行くよヒレイ! まずはツール使用ミスリックアーマー!」


 シリウスが渡したカードをまず使い、カードから解き放たれた銀の装甲がヒレイに装着され、やがて炎のような模様を浮かべ同調しヒレイの力を高めた。

 刹那に水面を突き破って向かってくるのは水のつぶて、大粒の雹の如き勢いと威力を備えるそれを避けながらヒレイは口内に炎を貯めて一気に放ち、薙ぎ払うように水面を焼き払う。


 水蒸気が川を覆う中で微かに影が見え、目を光らせたヒレイは急降下し飛び出してくるオドントティラヌスに構わず突っ込む。

 刹那、紙一重で身体を回るように回避行動をとったヒレイがオドントティラヌスの首筋に食らいつき、そのまま炎を浴びせんとする。が、ここで上手く炎を蓄えられないこと、エルクリッドの魔力がもう僅かと察し噛みつきへと攻撃を変え、だが悶えるオドントティラヌスには振り払われ上を取られてしまう。


「ヒレイ!」


「迷うな! カードを使え!」


 死が隣にある最中であっても揺るがぬヒレイの闘志が、エルクリッドの残る魔力を最大限に燃やし全ての迷いを振り切る力へと、カードの秘めたる力を解き放つ。


「スペルブレイク、フレアフォース!」


 手の中に立たせたカード全体に魔力が浸透すると共にそれを握り潰し、赤き閃光がヒレイを包み込む。

 次の瞬間、姿勢を直したヒレイが後ろへ伸びる角を使ってオドントティラヌスの首筋を引き裂き、血飛沫舞う中でさらに噛みつきそのまま骨を噛み砕いた。

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