死の飛沫

 レモラと呼ばれるその魔物は手のひらに収まる程に小さく、肉食ではあるが倒す事は容易い。

 しかし、レモラの恐ろしさは群れをなして自分よりも遥かに大きな魔物に襲いかかり、時には水流の流れと共に進行先にある全てを喰い尽くす恐るべき習性を秘めている。


 死の飛沫とも呼ばれるレモラの大群が今、エルクリッド達のいるイリアの祭壇へと突如として流れ込む。理由を考える余裕はない、しかし、リスナー達の判断は素早く的確であった。


「スペル発動アセスチェンジ! スパーダさん戻って!」


「頼むぜディオン!」


「スペル発動デュオガード。タラゼド殿、結界をお願いします」


 エルクリッドの第一手はアセスを交換するアセスチェンジの使用により、スパーダを戻しセレッタを召喚する。


 同時にシェダは魔人ディオンを呼び出し、リオが使うデュオガードの効果により上方に板状の結界が展開され、そこにさらに光る手をかざすタラゼドが自身の結界をさらに上乗せした。


「レモラですか……なるほど、では僕の本気をもって麗しきエルクリッドに応えるとしましょう!」


 状況を把握したセレッタがそう言って足を開き青き光を纏うと、流れ落ちる飛沫がセレッタを中心に集まりながら逆巻き巨大な渦を作り出す。

 やがてそれは結界を押し上げてレモラ達も弾き、そこから漏れて落ちてくるものはディオンがすかさず槍で貫き、同じようにシリウスのエイルも素早く鉤爪で捕らえレモラを撃破していく。


「協力、してくれるの?」


「非常事態において戦うのは愚か者のすること、だ。もう少し押し上げたら結界を一度解け、一気に蹴散らす」


 エルクリッドに答えながらシリウスが何かを考えつき、それに従うかでエルクリッド達は顔を見合わせる。

 表情を全く変えないシリウスではあるが、エルクリッドはわかったと答えつつセレッタに目配りしさらに結界を押し上げさせ、今だとシリウスが合図を出すと共にリオとタラゼドもまた結界を解き死の飛沫たるレモラの大群が一気に降り注ぐ。


「ワイルド発動バロンの咆哮!」


 力強く言い放つシリウスが掲げたカードより放たれるは凄まじい衝撃波であった。空気が震え音が遅れて聴こえるほどであり、レモラの大群を遥か上空へと吹き飛ばしそのまま天へ威力は突き抜ける。


(今のカードは……?)


 スペルでもツールでもなくホームでもないワイルドと言ったカードをシリウスは使い、エルクリッドはそこに疑問を感じるもすぐに我に返ってセレッタの名を叫ぶ。


「セレッタ!」


 その声に呼応したセレッタが上方を塞ぐように水の天井を作り出し、落ちてきたレモラの群れを防ぎながら滝の方へ流しそのまま滝壺へと誘う。

 危機的状況を脱したと判断しシェダはディオンをカードへ戻し、だが、エルクリッドがシリウスを捉えたままカード入れに手をかける姿に、緊張が強まる。


「落ち着いたら、続きをやるの?」


 カードを戻しつつシリウスは答えず、ちらりとエルクリッドを見てから次々に滝壺へ落ちていくレモラの群れを見つめ続けていた。

 滝の流れる音だけが続く中、しびれを切らしたエルクリッドが口を開こうとした時に静かに、シリウスが語り始める。


「レモラが大群をなすには時期が合わない。やはり、この世界で何かが起ころうとしている」


 ふと、話を聞いていたノヴァの脳裏に初めてエルクリッドの戦いを見た時の事が浮かぶ。その時に現れたタイタンベアも本来とは異なる場所におり、なんとなく今回のレモラの大群と重なるものを感じ取れた。


 やがて飛ばされたレモラが全て落下し終えてセレッタが水の天井を消し、エルクリッドが擦り寄るセレッタを撫でつつもシリウスを見つめ続け、静かに風が吹き抜ける。


「何か、ってのがどんな事かはあたしにはわからない。でも、あなたが悪人じゃない事は戦ってわかった」


 バエルに似たものはあれど、アセス同士のぶつかり合いを通して伝わってきたものは全く異なるもの。それと行動とを結びつければおおよその信念や目的も理解できるし見えてくる。

 エルクリッドの言葉を受けてシリウスはそうだなとだけ返し、門の方に目を向けると静かに細めた。


「まだ、何か来るな。死の飛沫もあれだけではないだろう……今すぐここから離れろ」


「あなたはどうするのですか?」


「聖地を壊させるわけにはいかない」


 意外なシリウスの言葉にリオが問いかけ、その答えもまた意外なものであった。彼の言葉からレモラ以外の脅威も迫りつつあり、それからイリアの祭壇を守ろうとしている。


 そんな彼が一人門の外へと向かおうとすると、ノヴァがエルクリッドの名を呼び彼女に訴えかけた。


「エルクさん、シリウスさんと一緒に戦ってくれませんか?」


「それは……うん、ノヴァがそうしてほしいって言うならあたしは従うよ」


 なんとなくエルクリッドもそうしなければと思いが傾いてたのもあり、ノヴァの言葉は背中を押すもの。そのやり取りを聞いてシリウスも足を止めて振り返り、少し俯きつつ改めてノヴァを見て口を開く。


「何故、そのような事を?」


「僕の名前はノヴァ・トーランス、ここを代々管理してきた家の者です。僕はまだ戦う力がないので……エルクさんにお願いするんです」


 身分を明かすノヴァの真っ直ぐな眼差しと丁寧な対応はシリウスを納得させるには十分。だが、彼はそれとは別の何かを思い、悟られることなく承知したと答えるとエルクリッドと目を合わせた。


「あたしのアセス……体が大きくて場所が狭くなるから外はあたしが引き受ける。あなたはここを守って」


「任せていいのか?」


「リオさんはさっきデュオガードを使ったからアセス二人がダウン状態になっちゃってるし、シェダもまだ前の戦いから回復しきれてないから」


 仲間の状態をちゃんと把握しているエルクリッドのそれはシェダとリオを少し驚かせ、シリウスもそうした事を察してかわかったと述べてカード入れからカードを引き抜き、それをエルクリッドへ投げ渡す。


「これは……?」


「ミスリックアーマー……能力を高める鎧をアセスに装着させるツールカード。信用に対する敬意、と思ってくれればいい」


 銀の外枠のミスリックアーマーのカードを見つめたエルクリッドはシリウスに応えるようにカード入れへと収め、代わりにカードを渡そうとするもシリウスは首を横に振って拒否を示す。


「エルクリッド、と言ったな」


「エルクリッド・アリスター、それがあたしの名前。何よ」


「……いや、いい。とにかくここは引き受ける、君も戦いに備えるといい」


 何かを聞きたそうなシリウスだったがあえて口を閉ざしたようにノヴァには見え、エルクリッドは怪訝そうにしつつも門の方へ向いて両頬を軽く叩き気を引き締める。

 やがて外から聴こえてくるのは何かの雄叫び、そして迫りくる死の飛沫の気配。各々が臨戦態勢となる中でエルクリッドはカードを引き抜き走り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る