遭遇

 日が昇る前からレスイハの街は目覚め、朝日が照らす頃には既に多くの商人達が店を構え商いを始める。

 時が経つにつれて人が増えて賑わい、雲一つない晴天に負けぬ明るさに満ち溢れる。


 そんな街を眺めながらエルクリッド達は竜車に揺られ、トーランス家が管理するある場所へと向かっていた。


「祭壇?」


「はい、かつてイリアのカードを祀っていた祭壇は今もあって、僕の家が管理しているんです。もちろん普段は人が入れないんですけど、お父様が許可を出してくれました」


 エルクリッドに答えるノヴァは少し眠そうにも見えたが、話をする内に覚醒していき声もちゃんと出せていた。

 かつて神獣イリアのカードを祀っていた祭壇に何があるかはわからないが、カードを理解する上では背景を知る事も必要なのは確かである。


 ノヴァに続いて口を開くのは御者を務めるタラゼドだ。少し顔を車の方へ向けつつ、お腹から声を出し車輪の音にかき消されないよう言葉を紡ぐ。


「イリアの祭壇にも古代文字で様々な事が記されています。わたくしも解読を手伝った事はありますが、まだ多くの文字が解読されておらず今も研究が進められています」


「一族に伝わるのに解読されてないもんなんすか?」


「重要な事柄は情報漏洩を避けますからね。トーランスの一族も今日まで様々な出来事があり、その中で伝達が途切れてしまっているのです」


 シェダに答えながら前を向いて手綱を操るタラゼドの言葉通りならば、祭壇には失われた事実もまた記されている可能性があり、想像が及ばない真実も秘められているのかもしれない。


ーー


 街の景色はやがて緑と川の景色へと変わり、竜車は北西への進路をとって街道から外れていく。

 木々が多くなるにつれて道幅は狭く、車の揺れも大きくなり始めるとタラゼドが竜車を止めてエルクリッド達に着きましたよと降車を促す。


「よっ、と……えーと、ここでいいんですか?」


 颯爽と降りたエルクリッドがタラゼドの隣に来て前を見ると、ひっそりと佇み苔生した石造りの建物があった。

 完全に自然に飲み込まれかつての面影はなく、同時に祭壇というよりも何かの小屋という印象がある。


「ここはイリアの祭壇へ続く裏口……正面口は既に崩壊しそちらからは行く事は難しく、故にこちらから向かいます」


 タラゼドの説明にエルクリッドが納得する間にノヴァ達も車から降り、タラゼドもぼそぼそと何かを呟きなぞるように竜車に指先を向けると、竜車がうっすらと姿が見えにくくなり存在感が消えた。

 結界の一種と思いつつもエルクリッド達はイリアの祭壇の方へと歩を進め、足元に気をつけながら周囲を調べ中へと進む。


「少し天井が低くなってますので気をつけてください」


 先導するタラゼドが注意を促す建物の内部はやや天井が低く、奥へと続く下り階段があるのみ。かざした手の中に光球を作って灯りとしたタラゼドがさらに奥へと進み、エルクリッド達も足下と天井に注意を払って下っていく。


 下った先は真っ暗で幅が狭い長い一本道があるのみ。脱出通路のようなもの、ということらしい。歩く度に足音がよく響き静寂がただただ広がっている場所だと伝わってくる。

 だが奥に進むにつれて微かに静寂に紛れる水の音と冷気が強くなり、行き止まりにつくとその音はさらに大きく壁を隔てていても瀑布のそれとわかるほどだ。


「ノヴァ、レルスから預かった鍵をこちらに」


「あ、はい。えっと、これをここに嵌めるんですね?」


 扉の窪みを見せながらタラゼドがノヴァを呼び、ごそごそと肩掛け鞄からノヴァが窪みと同じ形の石版を手に近づく。と、扉の向こうから滝の流れる音とは明らかに異なる轟音が響き、通路が微かに揺れた。


 刹那にエルクリッドは覚えのある魔力の波動を感じ、ノヴァから奪い取るように石版を取ると素早く嵌め込んで重苦しい音と共に開く扉を開け、一瞬の眩しさに目で腕を隠しながらすぐに外に出てその光景を目の当たりにする。


 左右から滝が流れ落ちる祭壇側から見た形となり、その前の少し広い空間にその人物はいた。


「またお前か……」


「バエル……!」


 赤き火竜の星座を描く深海色の服を纏い、仮面で目元を隠すリスナー・バエルの姿をエルクリッドは捉え、やや怪訝そうにしている彼の周囲に目を配りながら手を強く握り締める。

 何故ここにいるのかはわからない、だが、先程の轟音が彼の手によるものである事と、十数人の倒れた人物の焼け焦げ倒れ伏す姿にはエルクリッドもこみ上げるものを抑え切れずカードを抜くも、バエルは踵を返し階段を下りようとし始める。


「待ちなさいよ! あんた、何を……」


「不敬な輩を始末しただけだ。ここは神獣縁の地、悪党共が汚していい場所ではない」


 すぐに返ってきた答えにエルクリッドの怒りが一旦静まり、遅れて出てきたノヴァ達の姿を仮面越しに捉えたバエルは足を止め、ふっと笑うとゆっくりと振り返りエルクリッドを捉え直す。


 底知れぬ滝壺へと流れる水の音と肌寒さのある風が吹く中で相対するが、エルクリッドはバエルに戦う意志が全くないことや、代わりにタラゼドが前に出た事でカード入れにかけた手を引き、この場をタラゼドに任せた。


「理由がなく近くに来た、とは思えませんね。何か理由があってここに来たのではないのですか?」


「弱き者に語る事はない」


 沈着冷静なタラゼドに対するバエルの答えは辛辣そのもの。しかし、一度周囲に倒れ力尽きた者達に目を配って背を向け立ち去る姿から、彼の言動に明確な目的がある事は伝わってくる。


 ノヴァに手を握られるエルクリッドもそれだけは理解できてしまい、また、今ここで戦っても以前と同じ結果というのもわかり静かに思いを押し殺す。

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