十二星召ニアリット

 ガリディアン修練場にはかつての都市の遺産を復元し使われている施設も存在する。魔力を回復可能な休憩所は大地より溢れる魔力を湛える都市機能を現代に蘇らせ、試練の施設として使われているものだ。


 同様に修練場内に第二の試練の場として、七つの試練の場が存在していた。周囲から見えぬように分厚い壁で覆われたそこはかつての決闘の舞台、太古の戦士達が、魔法使い達が、リスナーが力と技と知を競い合ったという。


 現代に復活した戦いの場を閉ざす扉の鍵は修練場内で集めた色紙だ。

 試練の為にやって来たエルクリッドは同じ色の紙を束ねるとグッと握りしめ、さらに魔力を込めると紙が手の中で鍵へと変化する。


 同じように四色の色紙は四色の鍵となり、それを扉の対応する鍵穴に差し込むと重々しい音と共に扉が上がり、試練の場への道が開かれた。


(試験、か……)


 深呼吸をしながら手袋をグッとはめ直し、頭につけたゴーグルの位置も整え、手持ちのカードも再確認するエルクリッド。

 道中休憩所にて魔力は回復したので問題はないが、カードの方は少し不安が残る。シェダが手渡してくれた分で何とか戦えはするが、それをどう使うかは予め想定しなければならない。


(基礎スペルはある、バインドとフォースと……ツールが少し……皆も戦える状態だから何とかなる、かな)


 自分のアセスの力をいかに引き出し、それを支えるかがリスナーには求められる。迷いや不安はそのままアセスにも伝わってしまうし、戦いにおいてそれは大きな足枷も同じ。


 カードを束ねてカード入れへと戻して深呼吸をし、最後の一息は長く深く目を閉じながら行って、よしと声を出しながら赤の瞳を開いて光を灯す。



ーー


 薄暗い通路を抜けた先に光が満ち溢れ、一瞬の眩しさがエルクリッドの足を止めさせた。

 やがて目が慣れて映るのは古の闘技場とでも言うべき場所だ。周囲を見回しながら進むと大きな音と共に通路の扉がひとりでに閉ざされ、振り返って逃げ場はもうないことを悟らされる。


(終わるまでは、出られない。やるしかない)


 手を握り締めてからパンッと両頬を叩きエルクリッドは気を引き締め直し、くるりと再び闘技場中央の方へ向き直り佇む人物をしっかり捉え歩を進めた。


「よく来た。まずは第一の試練ご苦労だった」


 翠に金縁を持つローブを纏うその人物の声は力強くも威圧的ではなく、手にする錫杖をじゃらりと鳴らしながら鋭い眼差しをエルクリッドの方へと向ける。

 険しい表情は強面そのもの、一瞬身構えかけたエルクリッドは目の前の爺がただ者ではないと、十二星召ニアリットだと直感し背筋を伸ばす。


「あ、ありがとうございます。えと、あたしは……」


「エルクリッド・アリスター、だな。試練を受ける者の情報は既に聞き及んでいる。我が名はニアリット」


 十二星召が一人ニアリットはエルクリッドの名を口にしつつ、じゃらじゃらと錫杖を鳴らしながら距離を取り始め、そしてさらに語るのはエルクリッドにとって関わりのある人物の事だった。


「一年ほど前に、お主の事は遠目で見かけている。あのクロスの弟子がこうして我の前に来るとはな……」


「えっと……ごめんなさい、あたしは覚えてないです」


「よい、何やら必死にカードの扱いを練習していたからな、気づかなくて当然というものだ」


 穏やかながらも緊張感は静かに高まり、だがニアリットの話を聞いて少しだけエルクリッドの肩から力が抜ける。修行の一部始終を見られていたのは小恥ずかしさがあれど、ニアリットが覚えていたのは驚くしかない。


 ある程度距離をとったところでニアリットが足を止めて振り返り、エルクリッドもまた応えるように一歩下がってカード入れに手をかけた。


「ニアリット様、試練というのはあなたを負かせばいいんですか?」


 質問を投げかけながらエルクリッドはニアリットの容姿を確認しつつ、彼のカード入れが何処かを探す。が、それらしい物体や輪郭はわからず、やがて彼が口を開く時に錫杖の先がそれだと気づく。


「このガリディアン修練場の最後の試練は我が技術をもって作り上げた存在を打ち倒すというものだ。このニアリットの通り名は知っているだろう?」


 錫杖を地面に突き刺しながら問いかけるニアリットに対し、エルクリッドは目つきを鋭くしつつ記憶を辿り、だがすぐに頭から煙を出して緊張が解けて顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「す、すみません、ど忘れしました……」


「……なら改めて話す。今度は忘れぬようにな」


 言い難そうに答えたエルクリッドに少し呆れた様子ながらも、ニアリットは表情をそのままにコホンと小さく咳払いをして自らの通り名について語り始めた。


「我が通り名はゴーレムの創造主。ゴーレム、即ち人工的に作り出された人造生命……古より伝わる術を用いるのがこのニアリットよ」


 ゴーレムの存在はエルクリッドもよく知っている。古の術により作られし人造生命体であり、適した素材とそれに合う術式と魔力、作り手の技量により強さも形も多様性を見せる存在だ。


 リスナーにとってもゴーレムはアセスにする事ができる存在であれど、アセスにできるほどの意思があるゴーレムを作るのは非常に困難であり、そこから実力を推し量る事もできる。


 十二星召は全員がリスナー、そしてゴーレムの創造主の通り名を持つニアリットが繰り出すのは当然ゴーレムということになる。エルクリッドは緊張感を強めながらしっかりとニアリットを見据え、その強い眼差しにニアリットもほうと感心を示した。


「流石は天竜将の名を継ぐ男の下にいただけはある、良い目つきをしている。なれば我も全力を尽くし、高き壁となって立ちはだかろう」


(来る……!)


 ニアリットの言葉に力がこもり、錫杖に備えられたカード入れより勢いよくカードが引き抜かれると共に風が吹き抜け、エルクリッドの向かい風となって押し退けようと襲いかかる。

 心身を身構えていたので一歩も下がる事はなかったものの、だが、一切の手加減などない相手と伝わり静かに汗が流れた。


「金剛鉄壁、不動なる壁となり挑戦者の前に立ちはだかれ! 召喚、タイタノス!」


 詠唱を受け緑の光を放ったカードがニアリットの手から消えた刹那、地響きと共に大地が揺れ彼の背後から何かがゆっくりと巨体を立ち上がらせ姿を現す。

 異常に長い手は太く、硬く、反面頭部と思わしき部分は細長く小さく、寸胴の身体はずんぐりしていながらも白く光沢を持ち、美しさや気品すら感じられた。


 それはゴーレムと呼ぶにはあまりにも芸術的で、だが目と思わしき玉石が光を放ち確かな意思を示す。

 見上げる程に大きなゴーレム・タイタノスを前にエルクリッドは手が震えるものの、グッと手を握り締めてから目に闘志を宿すと改めてニアリットとタイタノスを捉えた。

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