「あの日、兵士に戻った ―優しさを撃ち抜いた引き金―」

@AS61

6話

 粉雪が舞う路地裏。銃声がこだまする中、結(ゆい)は血のにじむ足を引きずりながら、必死に走っていた。


「──結ッ、こっちだ!」


 遥斗(はると/No.8)が物陰から姿を現し、追手に向かって閃光弾を投げつけた。

 眩い光が雪を反射し、一瞬、世界が白く染まる。


 「何してんだ、早く行け!」


 そう叫びながらも、遥斗は結をかばうように自ら前へと出る。銃を構え、追手の一人を正確に撃ち抜いた。続けざまに二人、三人……。


 「お前は、ここで死ぬな。逃げろ、今すぐ……!」


 ──その時だった。


 背後に回り込もうとする追手の影。その一人が、遥斗の背中に銃を向ける。


 「──っ!」


 結が叫ぶより早く、一発の銃声が響いた。


 しかし、それは追手の銃ではなかった。


 撃たれたのは──遥斗だった。


 体がぐらつき、胸元から赤がにじむ。

 信じられないものを見るように、遥斗がゆっくりと振り向いた。


 「……ヒロ……?」


 そこに立っていたのは、銃を構えるヒロ・ヤマダだった。


 「……すまない」


 クレープの香りの残る風の中で、ヒロはその言葉だけを吐き出した。

 遥斗の体が、雪の上に崩れ落ちる。


 「……な……」


 結の喉から、悲鳴にもならない声が漏れた。


 「なに、してるの……ヒロ……?」


 雪を踏みしめ、彼女はふらふらとヒロに近づいていく。

 怒りと混乱、そして裏切られた感情が、胸の奥で飽和し爆ぜる。


 「……言えよ……っ」


 声が震える。拳も、銃も、全身が震えている。


 「なんで……なんであんたが、遥斗を──!」


 ヒロは答えなかった。ただ、銃を下ろし、視線をそらす。


 その沈黙に、結の怒りが爆発した。


 「答えなさいよッ!!」


 叫びと共に、結の銃がヒロに向けられる。


 「私たちに名前をくれたのは、あんたでしょ!?

 “結”って呼んだよね!? “もう兵士じゃない”って……言ってくれたよね……!」


 涙が零れる。けれど、トリガーにかけた指は震えたまま動かない。


 「なのに……なんで……なんで、大事な人を……殺すのよ……!」


 ヒロはゆっくりと目を閉じた。


 「──君を守るためだ」


 その言葉に、結は叫んだ。


 「そんな言葉で、遥斗が死んだことが帳消しになるとでも思ってんの!?」


 足が崩れ、雪に膝をつく。


 「“守るため”って言葉で……誰かを殺すのは、もう……たくさんなの……」


 ヒロは彼女の前で立ち尽くしていた。

 もう、彼女に何も言える資格などないのだとわかっていた。


 「……ごめん」


 その一言だけが、雪の中に落ちた。


 


 静寂の中、結は泣いていた。


 雪は、まだ降り続いている。

 けれどその白さは、もう何も隠してはくれなかった。


 その日、少女は兵士に戻った。


 ただしそれは、命令のためではない。

 奪うためではない。

 守るためでも、きっとない。


 ──名前のない怒りと、悲しみのために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「あの日、兵士に戻った ―優しさを撃ち抜いた引き金―」 @AS61

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る