第8話 修平 カメラを矢田川に忘れる

最近の玲香にはスナック茜から仕事の依頼が来るようになっていた。昨日は一宮のお客だった。

 稲留さんにスナック茜を紹介してもらっているのに、何もお返しをしていない。

 それにスナック茜のママにもたくさんのお客を世話してもらっているのでお礼を言いたいと思っていた。

 そんな時、修平から電話が入った。

まだ、午後1時だ!(今夜の仕事依頼かな)っと思って玲香は電話に出た。

「ごめんね、寝てた?」

修平が申し訳なさそうな声で聞いている。


「いま、起きた所ですけど、どうされたのですか?」

玲香は目を覚まそうと、両手で軽くほっぺを叩きながら話す。


「うん、実はね、春樹に電話をしても、まだ寝ているのか電話に出てくれないし、それで、上野さんに電話をしたんだけど、実は、私・・今日は仕事が休みでさ、朝から千代田橋の下でサギを撮影していたんだけど・・・・・・」


「えぇっ!サギって、誰か詐欺したんですか?」

玲香が驚いて聞いた。

「いや、そうじゃなくて、サギって、鳥の名前だよ!ごめんな、紛らわしいよな!――まぁ、鳥の話は置いといて、さっきね!スナック茜のママから電話があってさ、桑名の吉田さんって人なんだけど・・・・・・昨夜、お店にスマホを忘れていったらしいんだ。それでママが私に届けろって言うから・・・・・それでさっき、ママの所に行ってスマホを預かって今、桑名へ向かっている途中・・・・・・高速の中なんだ、でね、バカだからさ~、千代田橋の橋の下にカメラを置いたままなんだ、本当にバカだからさ~、カメラを片付けるのを忘れちゃったんだ。参っちゃった。大きな三脚にカメラを取り付けたままだから、すぐにわかると思うんだけど、ま~あんな所、誰も来ないと思うけどさ、取られたら60万円ほど損するからさ、本当に悪いんだけど、れいちゃん、取りに行ってくれないかな~」


「詐欺にカメラ取られたら大変だ!うん、わかった、60万円取られたら最悪だね。千代田橋のどっち側?」


「ごめんね、アピタの裏側 千代田橋の西側に三角の公園があるよね、そこから下におりて行けば、すぐにわかると思うから、本当にごめんね、助かるわ!こんな時に春樹に連絡が取れないんだから!寝ているんだわ、あいつ、参ったね、ごめんね、頼むね!」

玲香は修平が焦っている様子が目に映った。


 玲香はすぐに車を出すと千代田橋に向かった。家から10分もかからない距離だ。矢田川に着く。

 三角公園から土手を下りて行くと確かに川岸に大きな三脚とカメラがあった。本当に大きくて重い、流石60万円だ。

 それを担いで土手を登る。そして、カメラを車のトランクにしまうとすぐ、修平に連絡をした。


「ありました。本当に大きくて重い。車の所まで運ぶの大変でした。でも、カメラに傷はつけていないので大丈夫です」


「いや、助かったわ、ほっとした、ありがとう、本当にありがとう、

今度、何かごちそうするから・・・・・なにがいいかな~」

 修平のほっとしている顔が目に浮かぶ。


「カメラを返さなきゃ、どうすればいいですか」


「本当だ!そうだね、後で取りに行ってもいいかな、本山のどこだっけ」


「じゃ、本山まで来たら電話をください」と言って玲香は電話を切った。

 4時を過ぎた頃、修平から電話が入った。どうやら本山まで来たらしい。


「はーい、稲留さん、今、何処ですか?」


「今、猫洞通に入ったよ」


「じゃ、猫洞通2丁目を南に曲がった、一つ目の路地で私、待っています」


「わかった。すぐに着くと思うよ」

 玲香はすぐに通りに出ると白いクラウンが目の前に現れた。

 自分の車(マツダⅡ)の横に誘導すると、修平が車から降りてきた。

 玲香がトランクからカメラと三脚を出そうとすると、修平が取りに来て自分の車にカメラを載せ替えた。


「ありがとう、助かったよ、私の宝だからね、なんで、こんな大事なもの忘れたんだろう⁉本当に困ったもんだね、カメラを置き忘れた事に気が付いた時はもう・・・・・・体に電気が走ったみたいに青ざめたよ!無かったらどうしようと思った!はぁ、本当によかった、上野さん、ほんとうにありがとう」


「稲留さんはきっとカメラよりママさんの方が大事なんですよ」

 修平の照れた顔を見て、玲香は間違いないと思った。


「いい車、乗ってるね マツダの車か、かっこいいね、赤がいいね、

あれ、足立ナンバーだね」


「去年、東京から名古屋に来てそのままなんです、まずいですか」


「車検の時でいいんじゃないかな」


「今日は本当に助かったよ、ありがとう!上野さん、今から仕事だね」


「 はい、イヤだけど仕事です」


「じゃ、今夜22時頃、呼ぶわ」


「それってスナック茜に行くんですか」


「うん、吉田さんから預かった物があるから、ママに渡さなきゃならないし、なんか、食べ物みたいだから早く渡さないと腐ると困るからね」


 すると玲香が覚悟を決めたように、1オクターブ高い声で言った。

「私も連れて行ってください、ママにお礼を言いたいし・・・・・・」


「会社は・・・・・・どうするの?」


「私、今、風邪をひきました」

 玲香は、わざとらしい咳をするとスマホを手にして、修平の目の前で会社に電話をかけた。係長が出る。

「すみません、上野です!今、起きたんですけど体調悪くて・・・・・・」と言いながら咳をする。


「風邪かな、無理しなくていいから、ゆっくり休みな!病院へ行った方がいいよ、お大事に!」

 玲香は修平に、舌を出して笑った。


 そして、二人は修平の車で一度、修平の家に行くと車を車庫に入れて、そこからタクシーを拾って錦に向かった。

 修平がタクシーの中からあかねに電話をしている。


「今、タクシーで向かっているけど、まだ、早いかな」


「私も今、向かっている所、あと、5分もあればつくから」


「こっちはもう少しかかるかな、吉田さんから真空パックのハマグリ預かっているし、それから上野さんが来たいって言うから一緒にいるんだけど!」


「そう、上野さんもいるのね、楽しみにしてるって言っておいて・・・」

ママの声が筒抜けだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る