三軍の修学旅行

南都大山猫

第1話 ドタキャン

「さて、どうするか」


 さっきから窓香はスマホとメモ・ノートを交互に睨みつけている。何か行動を起こさないと、そう思いつつ、耳に飛び込む知らない複数の外国語、そして眼の前を行き来するものすごい数の観光客に圧倒され、動けないでいる。


 ここは京都駅。外国人や旅行者には慣れているつもりの窓香だが、まさか東京を離れ他府県にやって来て、これほど大量の外国人観光客に飲み込まれそうになるとは思っても見なかった。これじゃまるで私、モブじゃない…まあ、私らしいんだけど。


 季節は5月。連休が明けて、「学校」という名の窓香の悪夢がまた始まった。しかも待ち受けていたのは、憂鬱な「修学旅行」。


 「京都での自由行動日は班を作って動いて下さいね」そう、担任が言った。みんな、ガヤガヤと騒ぎ出す。どうグルーピングするのかが気になるのだ。


 窓香が通う都内の公立中学校。そこには「カースト」なるものが存在する。美男美女、体育会系が一軍、フツーが二軍、そしてオタクは三軍、なのだそうだ。さらにどれにも属さない「教室のすみっこ暮らし」と呼ばれる属性が存在する。そして江戸川窓香は三軍、なのだそうだ。あるいはもしかしたらカースト外の「すみっこ」なのかも。別に窓香が希望した訳ではない。昼休みに誰とも話さず本を読んでいた、それだけだ。


 いや、それだけではないのかも知れない。窓香はクラスの女子たちが話す会話についていけなかった。帰宅部だったし、授業が終われば早速家に帰り、ゲームをするか、図書室で借りた本を読むか。それで窓香は十分楽しかった。だからなぜクラスで煙たがられるのか、分からなかったし、分かろうともしなかった。人間が互いに理解するなんて不可能に近いのだ。若干12歳の窓香はすでにそういう諦観の域に達していたのかも知れない。そんな大人びた窓香だったが、これで成績が抜群、ということであれば一軍は無理でもギリギリ二軍にとどまれたのかも知れない。しかし、窓香の成績は、まあ良く見積もって中の中、厳しく評価すれば中の中の中の…ちょっと下くらい…だったからか、女子からは完全に「キモオタ」扱い。男子からも「陰キャ」と陰口を聞かれた。


 目につくようなひどいイジメ行為をされたことはなかったけれど、何かあるとのけ者にされる。グループを作る作業では窓香はいつも一人ぼっち。担任がとりなして、どこかの班に無理やり入れさせる。その班のメンバーは一応承知するけれど、先生が立ち去ったあとは、聞えよがしに大きなため息をつくか、露骨に嫌な表情を見せてくるかのいすれかだった。日が経つにつれて、すっかり「三軍ポジション」に慣れていた窓香は窓香で「わ、私が入ってもいいのかな」と挙動不審になったりするから、ますます、グループから浮いてしまうことになっていたのかも知れない。まあ、そんな風に中学校生活が始まったのだけれど、なんと一年生のクラス全体の集合知なるもので判定された窓香の「三軍落ち」は、結局三年間続いたのである。


 で、窓香は今、絶賛修学旅行中なのである。場所は京都。担任は「気を利かして」窓香を女子グループのどれかに突っ込もうとする。正直、窓香は一人で回りたかった。気の合わない、正直、今いるところが京都なんだか奈良なんだか鎌倉なんだかどうでもいいけど、貴重な青春、楽しもうっ!的なノリの女子グループに無理やり入れられても、繁華街ブラブラ歩いて、おしゃれなカフェでバエ写真撮って、あー、楽しかったね?的なノリの半日で終わることは想像に難くないと思われたからだ。

 初めての京都、窓香は窓香なりに楽しみにしていた。『京都の魔界』という本を買い、行ってみたい神社仏閣とその経路を調べ上げ、PDF化したものをiPadに入れてきていた。だから先生の「独り歩きは危ないから、どこかのグループに入りなさい」という指示は、正直、窓香の中で上昇していた熱量を急速に冷却した。

 でも、確かに繁華街が分散している東京とは違い、観光客がほぼ洛中とその周辺に集中している京都では、観光客を狙った悪い人たちもそこに集中するかも知れないし、独り歩きはちょっと怖いかも。そう考え直した窓香は担任の忠告に従った。ただ、何を考えたのか、担任が「江戸川窓香さんも入れてあげてね」と頼んだのは、クラスの一軍女子からなるグループだったのだ。


 一軍女子班は、雑誌モデルをしている子、劇団に入り子役としてテレビで活躍している子、親がIT企業の社長、家族でタワマンに住んでる子と、いかにも中学生が好きそうなきらびやかな属性から構成されている。いやちょっと待ってよ…と窓香は一瞬焦ったが、雑誌モデル子が「あ、先生、いいですよ」と明るく即答したので、取引はあっという間に成立した。窓香は一応「よろしく」と挨拶をしたのだが、彼女たちは顔を見合わせてケラケラ笑うばかりだった。窓香の心を嫌な予感がよぎった。


 で、今、ココですよ。窓香と一軍女子からなる不思議な班は同じ部屋に泊まっていたが、朝起きると残りの女子は既にいなく、朝食会場にもその姿はなかった。おそらく自由行動当日、窓香をおいて自由行動に向かうのは、最初から既定路線だったのだろう。


 まあ、気持ちは分かる。窓香にしても、とても同じ言語を話しているとは思えないほど、コミュニケーションの難しい連中だった。班が決まった段階から、新幹線の席も部屋割りも一緒になったけれど、彼女たちの話と言えば、恋愛に化粧品に恋愛リアリティショー、SNSの話題、どれも窓香にとっては全く関心のないイシューだったのだ。でもでもでも、窓香なりに「うん」とか「へえ」とか「そうなんだ」とか一生懸命相槌をうったつもりだったのだ。にもかかわらず、相手は明らかに窓香の反応に不満気だった。きっと別のリアクションを期待していたのだろう。でも、そんなドンピシャのリアクションができるくらいなら、今頃窓香は三軍にはいまい。我答える故に三軍なり。

 

 もし今、火星人が襲来したとしても、彼女たちといっしょに地球を守るのは難しいわ…てか、気づいたら、私一人で火星人と戦っている間に、彼女たち勝手に和平交渉始めてそうじゃん。まあ、そう思うくらい、この修学旅行は窓香と一軍女子の間には友好的な関係を築くことなく進んでいったのだった。


 今朝までの鬱々した出来事が一瞬、窓香の脳裏を横切る。まあ、一緒に回っても楽しくないのは分かる。でも一言言ってほしかった。「あんたのことは、先生に頼まれたけど、一緒にいても楽しくない。だから一人で回って」そう言ってくれれば、私だって納得して準備始めたのに。またため息が出る。だめだめ、もう気持ちを切り替えなきゃ。私、京都を楽しむんだ。負けないもん。


 「お嬢さん、そこのお嬢さん」

 「え?」

 いきなり声をかけられて、窓香は驚いて振り向いた。そこには、窓香より少し年上くらいの若い女性が立っていた。かなり背が高い。まっしろな肌に大きく黒い瞳。同じくらいに漆黒の髪をポニーテールにまとめている。かなりの美人だ。

 「あ、いきなり声をかけてすんません。なんて呼んでいいのか分からんくて」その女性は少し笑った。低い声だけど、関西アクセントの優しい声に窓香は気持ちが急速に和いでいく感じがした。


 「な、なんでしょうか」

 「お嬢さん、修学旅行?さっきからスマホとにらめっこしてるけれど、これから一人で回るん?」

 「そ、そうですが」

 「中学生くらいなんかな」

 「え?」


 その女性は少し表情を曇らせて、窓香の顔をじっと見た。少し細めた目を長い睫毛が覆う。窓香は思わずその美しさに目を奪われる。瞬間はっと我に返り、答える。 「そうです。今日は自由行動の日なんで、京都市内を回ろうと思っています」


「一人で回らはるん?」

「あ、はい…」

「班とかないん?」

「あ、わ、私は集団行動が苦手で…」思わず嘘をついた。同じ班のメンバーに逃げられました。だって、あっちは一軍でこっちは三軍なんで。担任が無理やり決めた班なんです。何から何までひどいでしょ? とは、いくらなんでも初対面の人には言えなかったのだ。


「ふうん…」あっ、まずい。私、表情に出ていたのかな…。


「ほな、案内するわ。一緒に回りましょ」

「へ?」展開が理解できていない。


「私、葛城聖言いますねん。高校一年生。今日は創立記念日で学校休みやから、私も京都に遊びに来てんねん。あ、高校は奈良ね」

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