第26話 彰人の秘密、クロの威嚇

 結婚式場は格式高いホテルだった。


 まだ独身だけど振袖を着る度胸がなかった私は、母親から借りた色留袖を着付けてもらった。

 新郎新婦の親はともにモーニングと黒留袖。


 ウェディングドレスに着替え終わったと聞いて妹の控室に行く。

 まとめあげた髪にティアラをつけ、白いクラシカルなローブドレスにロンググローブで着飾った芽衣めいは、着物姿の私を見てわっと泣きそうな顔になった。


「お姉ちゃん、来てくれてありがとう。本当に綺麗だよ!」

「それはこっちの台詞だよ。結婚おめでとう、芽衣」


「ありがとう。ひょっとして、その人がお姉ちゃんの……?」


 芽衣の視線が、私の後ろに移る。


 そこにいたのは、黒髪を撫でつけて黒く光沢のあるスーツに身をつつんだ、クロ(人型)だった。


 ちなみに、身につけているのは全て借り物だ。

 レンタル衣装室に放り込んで、一時間も立たずに担当スタッフが満足げな表情で私を呼んだときにはこうなっていた。


 クロはK-POPアイドルも顔負けの青い目と長身を持つ美形だ。

 着飾らせるのはさぞや楽しかったに違いない。


 立ち上がった芽衣は、髪型が崩れるのも気にせずに頭を下げた。


「お姉ちゃんがいつもお世話になっています」

「こちらこそ、瑠香には世話になってるにy」

「クロ」


 にゃと言いかけたのでギロッとにらみつけると、クロは語尾を飲み込んだ。


「――お世話に、なっています。私は黒崎と言います」


「黒崎さんだから『クロ』なんですね。お姉ちゃんにこんな綺麗な恋人がいるなんて知らなかった。早く紹介してくれたらよかったのに」


「仕事が忙しかったの。それじゃあ、式を楽しみにしてるね」


 クロのぼろが出ないように、腕を引っ張って控室を出る。


(ホテル内のチャペルで誓いの儀式、その後に披露宴だったよね)


 家族の控室に行くと両親からクロの出自について問い詰められそうなので、招待客が待つ待機場所へと向かっていく。


「クロ、これから行く場所には、大勢の人がいるからね。クロは話しかけられても『はい』か『いいえ』以外はしゃべっちゃダメ。私が会話するから」


「デスゲーム映画みたいだにゃ~」


「それもダメ。にゃあって言ったら、今後三カ月はおやつ抜きだよ。上手にできたら最上級マグロを使った猫缶を山ほど買ってあげる」


 ご褒美が大好きな猫缶だと聞いて、青い目がキラリと光った。


「わかった。ワシ、今日はいい子にする」


 エレベーターに乗り、待機場所である五階に下りる。

 チャペルはこの上の階の屋上にあるのだ。


 ノンアルコールドリンクが振る舞われるロビーに入ると、妹の同級生たちに挨拶された。

 クロを恋人だと紹介すると歓声が上がる。


(ちょっといないレベルの美形だもんね、人型のクロは)


 まさか、語尾に「にゃ」をつけて話すタイプの魔女の使い魔だとは誰も思うまい。


 恋人持ちだと聞いた女性たちは、波が引くように私たちから離れていった。


 今のうちに何か飲もうと、私はロビーの端にあるドリンクコーナーに向かう。


(私はマスカット水でいいか。クロは、ミルクはないだろうしどうしよう……)


「瑠香さん?」


 はっとして振り向くと、驚いた様子の彰人がいた。


 フォーマルなスーツにグレーのベスト、ネクタイとポケットチーフはサックスブルーと爽やかで、カフスのシルバーが光る。


 背後にはプリュミエール社長の冬美恵茉もいて、私は目を白黒させる。


「彰人さん、社長も? 今日はどうしたんですか」


「幼馴染の結婚式なんだ。そうか、お相手の名字が真城って言ってたな……」


 私の色留袖を見て、新婦の家族だと察したらしい彰人は、あごに当てていた手を下ろした。


「瑠香さんが恋人のふりをしてほしいって言っていたのは、この結婚式だったんだ。連絡が来た時は同じ式に出ると思わなくて断ってごめん。俺でよければ、今からするよ」


『お前は必要にゃい』


 いきなり背中から抱きしめられてビックリする。


 私を抱えるようにして、クロが彰人をにらみつけていた。

 青い瞳がぼんやりと光っていて、背筋が冷えた。


「く、クロ?」


『今日の恋人役はワシにゃ。嘘つきは瑠香にふさわしくにゃい……!』


 クロの声は、まるで水瓶に囁いているように二重三重に聞こえた。

 耳鳴りを起こしたのか、彰人は手を耳に添えて顔をしかめる。


「なんだ? 耳が……」


 まさか、魔法? 私は小声で抗議する。


「クロ、やめて。彰人さんのどこが嘘つきだって言うの?」


 見栄を張ろうとした私に協力を申し出てくれる、とても優しい人なのに。

 叱る私を一瞥して、クロは「すぐにわかる」と告げた。


「いやいや、まったく意味がわからないんだけど!」


 私がクロの腕を振りほどくと、ちょうど遠くから声をかけられた。


「おや、そこにいるのは真城瑠香ではないか!」


 社長の恵茉が私に気づいて近づいてきた。


「先ほど話していて気づいたんだが、新婦は君の妹君だそうだな! 新郎と彰人は同い年で、私たち一家とは家族ぐるみの付き合いなのだ!」


「家族ぐるみ?」


 彰人と社長がたまたま同席したと思っていた私は、首を傾げた。


 恵茉は創業者である冬美家の一員だし、彰人の苗字は広田だ。

 どこかで繋がりでもあるのだろうか?


「あの、社長と彰人さんはどのようなご関係なんですか?」


「彰人から聞いていなかったのか? 私と彰人は親子だ」


「えーっ!?」


 思わず大声を出してしまった。

 ロビーに集まった人々が振り向いたので、彰人は静かにと告げてくる。


「俺は、経験を積むために営業として働いているんだ。社長の息子だとみんな気を遣うだろ? だから、父親の旧姓である『広田』って名乗ってるのに……。どうして言ってしまうんだよ、母さん」


「別にいいだろう。どの道、彼女が経営の道に入ってくれば明かさねばならなかったことだ」


 うんざりした様子の彰人に対して、社長はケロッとしている。


「私は、彰人と君が次世代の経営者としてプリュミエールを率いてくれると信じているぞ。それに、冬美家はいつでもお嫁さん大歓迎だ。彰人のプライベートもよろしく頼みたいな!」


「母さん!」


 声を荒げてから、彰人は黙って腕を組んでいたクロを見た。


「その話はやめよう。瑠香さんには、お似合いの人がいるみたいだから……」


 まるで、自分にあきらめろと言い聞かせているような声色だった。


 かつての私を見ているようで、私は自然と腕を伸ばして彰人の手を握っていた。


「私、誰ともお付き合いしてないです。妹の結婚式で彰人さんに恋人役をお願いするくらい、男の人には縁がないんですよ」


 彰人は、じっと私の声に耳を傾けている。


 真面目な人だと、表情からわかる。

 相手が何を言わんとしているか、決めつけずに聞き入れようとしている。


(彰人さんは、プリュミエールの次の社長になることを期待されて、偽名で会社にもぐりこんで経験を積んでいるくらい、誠実な人)


 だから、嘘をつかれていたと知っても、怒りはわかない。

 むしろ尊敬の念が強まった。


 だから私も、彼の前では自分を偽らずにいたい。


「クロは、恋人役を引き受けてくれた親切な知り合いで、それだけです」

「そう……。そっか」


 噛みしめるように息を吐いて、彰人は嬉しそうに口角を上げた。


「妹さんの式、楽しみだね」

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