第17話 二人ご飯とコラボメニュー
多摩ラララビーランドとのコラボ企画は、満を持して開催された。
初日のセレモニーには麻理恵も出席してテープカットに参加し、『きょうりゅうバンビーノ』が誕生したきっかけとなった颯太がその様子を見守った。
彼は、ゆるふわな恐竜たちとラビッツ君のイラストが遊園地中に設置され、乗り物も特別仕様のデザインに変わっているのを見て、とても嬉しそうだった。
(本当にいいお式だった……)
友人の結婚式を思い出すように回想した私は、カフェテリアでぽつねんとケーキセットを食べていた。
『ハピネステディ』の顔の形のクレープを幾層も重ねて作ったミルクレープは甘く、渋みがあるアッサムのミルクティともよくあう。
これが私の今日のお昼ご飯だ。
いつも一緒に食べている麻理恵は、セレモニー後から長期休暇を取っている。
颯太に寂しい思いをさせた分、彼の夏休みの間は実家に帰ったり海外旅行にいったりして、ずっと一緒にいる予定だという。
麻理恵が不在の間は、彼女が編成した『きょうりゅうバンビーノ』専門チームが代わりに作業を行う。
重要な確認は麻理恵に回されるが、負担はかなり減るだろう。
(変わらないのは私だけだな……)
ボンボン部分のチョコレートを食べていると、向かいの席に糸唐辛子を山ほど盛り付けた冷麺のトレイが置かれた。
「真城さん、ここいい?」
座ったのは彰人だった。クールビズでノーネクタイの社員が多いが、彼は薄手のYシャツだ。暑いのか襟元を開けている。
「お疲れ様です、広田さん。今日は外回りではなかったんですね」
「午後から出るよ。汗だくになるの嫌だけど、タクシーが捕まらないから駅からは歩くしかないんだよね。そのケーキセット、予告されてたあれ?」
「ええ。来年の『ハピネステディ』生誕50周年を記念して、渋谷のセンター街にコンセプトカフェをオープンする予定で、そこのメニューの試作品だそうです」
ミルクレープの他にも、キャラクターをモチーフにした料理が、スイーツや定食など五種類用意されている。
ドリンクにいたっては十種類もあった。
社員に人気があった料理は、ブラッシュアップしてカフェのメニューになるというから、今から期待大だ。
「私は全種類制覇するつもりです。広田さんもいかがですか?」
「俺は甘いものが得意じゃないから、定食だったら付き合うよ」
さらりと言って麺を口に運ぶ彰人。
私は、フォークを止めて目を丸くする。
(一緒に食べませんか、って意味ではなかったんだけど……)
もしかしたら、ボッチ飯の私を気にかけてくれたのかもしれない。
一人には慣れているし、今さら寂しくもないけれど、誰かと一緒に食べられるのは嬉しい。
「はい。明日もお願いします」
フォークを置いて頭を下げたら、「律儀だね」と微笑まれてしまった。
「そういえば、真城さんはこれに参加しないの?」
ウーロン茶を飲み干した彰人は、壁の薄型モニターを指さした。
社内公募のキャラクターコンペの広告が表示されている。
「どこの部署の人間でも参加できるが売りのコンペ。ここで採用されたら晴れてプリュミエールのデザイナーだ。夢があるよね」
『ハピネステディ』の生みの親はプリュミエールの前会長、
彼はデザインやイラストの勉強をしたことがなく、そのため自由な発想でキャラクターを描けたというエピソードがある。
普段は麻理恵のようなキャラクターデザイン部のイラストレーターが新たなデザインを作っているが、冬美の功績をたたえて、定期的に誰でも応募できる社内コンペが行われているのだ。
「先輩に聞いたんだけど、真城さんは専門学校でイラストの勉強をしていたんだよね。基本は学んでいるだろうし、挑戦してみたらどうかな?」
勧めてくる瞳は純粋だ。
彰人はたぶん、私が前向きな気持ちでプリュミエールを就職先に選んだと思っている……。
(常識的に考えれば、そうなるよね)
好ましく思っていたイケメンが、今はちょっとだけ憎らしい。
「そうですね。いいアイデアが浮かんだら、挑戦してみたいです」
愛想笑いできるようになった自分に、年を取ったなと思う。
「そっか……」
彰人は残念そうな顔で、最後に残していたスイカにかぶりついた。
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「ただいま」
「おかえりにゃ」
疲れ切ってアパートに帰りつくと、玄関先にクロが仁王立ちしていた。
ちゃんと服を着て、エプロンも着用しているが、初対面の全裸の記憶が強烈だったのでこのお迎えはちょっと苦手。
「クロ、わざわざ迎えに出てこなくていいんだよ。昭和のお母さんじゃないんだから」
「瑠香は一家の大黒柱にゃ。今日は何かあったようだにゃあ」
使い魔というのは千里眼でも持っているのか、私の失敗はお見通しのようだ。
「うん。午後はずっとトラブルばっかりだった……」
彰人にキャラクターコンペに挑戦しないか尋ねられて胸がざわついたせいか、午後の作業では凡ミスを繰り返し、スピーカー三銃士にも迷惑だと言われてしまった。
部長が私を追い詰めないように気をきかせて、始末書三枚で終わらせてくれなかったら帰宅は深夜になっていただろう。
「それで、社内コンペには参加するのかにゃ?」
三種類のおにぎりに焼きとうもろこし、具だくさんの豚汁という和風の夕飯を食べていたら、唐突にクロが問いかけてきた。
心の準備ができていなかった私は、ゲホゲホと咳き込んで涙目になる。
「ど、どこでその話を……」
「使い魔は地獄耳なのにゃ。イケメン営業にもおすすめされてたにゃあ」
地獄耳というか、盗み見していたとしか思えないんだけど。
「……広田さんはああ言ってたけど、素人の案が採用してもらえるような生易しいコンペではないんだよ。私は麻理恵みたいなデザイナーにはなれないんだから、挑戦するだけ時間のムダだよ……」
埃をかぶった液タブに視線を向ける。
背伸びして買った当時の最新モデルは、今ではもう三世代前の旧機種だ。
それなりのお値段だったので、夢から逃げ出した今も捨てられない自分がもどかしい。
「瑠香、挑戦してみないうちから負けを認めるのは良くないにゃ。極東の魔女ルナであれば、ダメでもともとと失敗も経験に変えていったにゃあ!」
「なっ!」
呆れた顔で、おかかおにぎりに噛みつくクロの言葉に、思わずカッとなった。
歯型のついたトウモロコシを平皿に叩きつける。
「いつもいつもルナだったらこうするって。いい加減にしてよ、クロ。私が、おばあちゃんみたいになれるわけないでしょ!?」
祖母は有能で、聡明で、だからこそたくさんの人々に愛された。
失敗続きで誰からも大切にされない私とは違う。
「魔女の素質があるからって、私に何でも期待しないで!」
大声を出したせいで息が切れた。
はぁはぁと呼吸を整えていると、おにぎりを平らげたクロは、指についた米粒をパクッと食べてから生意気そうな口で笑った。
「迷える瑠香よ、今夜いいものを見せてやるにゃ」
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