第16話 魔女に婚活は必要ですか?

 日本における婚活の方法はいくつかある。


 一般的なのがパーティーだ。

 パートナー探しをしたい男女が軽食をおともにゲームを交えながら交流する。


 次に知名度があるのがマッチングアプリ。

 趣味や興味が同じ相手を探すためのオンラインサービスだが、手軽さゆえに遊びの相手になりがちだ。


 最後の砦が結婚相談所。

 絶対に結婚したいという熱意にあふれた男女が、最高に盛れた写真とアピール文を用意して、日々、戦をくり返す場所だ。


 その登録会場にやってきた私は、ギャル風の化粧をほどこした熟年女性コーディネーターからダメ出しを受けていた。


「あなた、この写真ではだめよ。色気もクソもない紺色のスーツって就活ですか? 今着ているジーンズも最悪ですよ。男受けって考えたことあります?」


「な、ないです」


「でしょうね。男性はスーツでもいいんです。でも、女性は柔らかい印象のブラウスとか小花柄のワンピースとか、安心感を覚えさせる写真じゃないとだめ」


 コーディネーターの服は、薔薇の飾りがついたワンピースだ。

 ラララビーランドに行く前、彰人に見せても恥ずかしくない服を探した店頭で、マネキンが着ていたのと同じ。

 この春夏の勝負服として推されていた一着である。


 相談所に堅苦しい印象を抱いていた私は、そういう服よりスーツの方がいいだろうと思って、スーパー脇の証明写真ボックスでわざわざ撮ってきた。


(けっこう高かったのに。失敗したなあ)


 落ち込む私から視線を外して、コーディネーターはピンク色のバインダーを開いた。


「うちの相談所では、登録用の写真撮影もやってますよ。衣装も貸し出しで五万円です。アピール文も全部おまかせいただけると高収入の男性が捕まりやすくなります。こっちも三万円。入会金が三十万で、いつもはそこに加算されるんですが、今日契約していただけるなら込み込みで三十万円にします!」


 どう、お安いでしょう?

 茶色の巻き髪を手で払って、コーディネータ―が笑う。


 私はというと、並んだ丸の数にめまいがしてきた。


「すみません。せいぜい十万円くらいかと思ってきたので、登録は……考えさせてください……」

「いいんですか? そうやって優柔不断に悩んできたせいで、今結婚できてないんでしょう?」


「うっ」


 グサグサと言葉の刃が刺さってくる。正論は心に痛いものだ。

 でも、どうしても決めきれない。


 ここでも優柔不断を発揮する私は「ちなみに」と小声で尋ねてみた。


「この相談所の成婚率ってどのくらいなんでしょう?」

「……8パーセントです」


 急にスンとされた。

 三十万円を支払って、結婚できる確率が一割もないとなれば、登録するだけお金の無駄である。


「帰ります」


 写真を回収して立ち上がった私は、炎天下の街に出た。

 猛暑日らしい強い日差しに目がくらんで、太陽に腕をかざす。


(意を決して登録に行ってみたけど、間違いだったな)


 先日、麻理恵と颯太の関係を見て、改めて家族っていいなと思った私は、諦めかけていた結婚について考え直すようになった。


 婚活パーティーには何度か出たことがあったものの、出会いに恵まれなかった。

 マチアプは男性を選り好みしている罪悪感が強くて、早々にやめてしまった。


 残るは、結婚相談所しかないわけだ。


 本気で結婚したいなら三十万は別に高くない。

 それなのに、登録せずに出てきてしまった。


(本当に結婚したいのかな、私)


 恋人がいて結婚できて子どもがいる。

 わかりやすい幸せを追い求めた人生は、わかりやすい道となって広がるだろう。


 見通しがよくて、高低差もあまりなくて、迷うこともなく進んでいける。

 そういう安定した人生が欲しい人が大勢いるから、婚活ビジネスは成り立っている。


 でも、私はどうだろう?


 婚活しなきゃと焦るわりに、パートナーを見つけて、結婚して出産して、子どもを育てていく姿が思い描けない。


 わかりやすい人生を送った先で、笑顔でいられるのか自信がないのだ。


(おばあちゃんだったら、迷わなかったのかな)


 極東の魔女・ルナは、よく困り事を抱えた人々の相談に乗っていた。


 誰かが訪ねてくると温かなお茶をいれ、話を聞いて、解決策を与えたり乾燥させた薬草を症状に合わせて渡したりしていた。


 何度かその場面を見たことがあるが、祖母はいつでも微笑んでいた。

 彼女が悩んだり、苦しんだりしているところを見たことがない。


「魔女になれば……」


 私も悩まなくてすむのだろうか。

 こんなことを考えてしまうくらい、今日の暑さは強烈だ。


「ああ、もう。結婚相手を魔法で作ってしまいたい!」


 思わず叫んだ私を、行き交う人々が不審者を見る目で見つめていた。

 うーん。難しすぎるぞ、婚活。

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