火遊び

ヤマ

火遊び

 会社の裏にある喫煙所は、照明が切れていて、暗い。


 そんな場所で――俺は、彼女と出会った。



 *



 定時で帰れる日は、半年に一度、あるかないか。

 タイムカードはなく、残業代も付かない。


 同調圧力。

 空気読み。

 洗脳。


 誰も、文句を言わない。言えない。


 さらには、先週、しているプロジェクトに放り込まれ、をさせられている。



 今日も深夜残業の後、へとへとになりながら、帰る前に一服しに、喫煙所に寄ったときだった。



 先客がいた。



 こんな時間に人がいるなんて思わなかったから、少し驚く。


 白いブラウスに、黒髪の女。

 社員証のストラップが、胸ポケットから覗いている。

 顔は、見たことがない。


 女は、加熱式煙草を吸いながら、こちらを見つめていた。

 

「……新しく入った人?」


 残業仲間ということで、思わず親近感が湧いてしまい、声を掛けてしまった。

 しかし、返事はない。


 沈黙に耐えられなくなり、自分の煙草に火を付ける。


「火、綺麗ね」


 それだけ呟いて、彼女は、ふっと笑った。


 言いようのない艶っぽさがあった。

 背徳感に似た、焦げるような高揚感。



 その日以来、深夜残業の日に限って、何度か顔を合わせるようになった。

 相変わらず、会社で見かけたことはなかったが。


 そのうちに、普通に、言葉も交わすようになった。


 会話の内容は、仕事の愚痴や日々の不満。


 週末には、朝方までやっている居酒屋に、二人で呑みに行くことも増えた。


 不思議と気が合った。


 やがて――



 誰にも見られない場所で、

 誰にも言えないようなこともした。



 ただ、互いの素性などは、話していない。



 彼女が何者かなんて、どうでも良かった。

 妻がいたが、絶賛倦怠期中で、それもどうでも良くなっていた。





 俺たちは、もう引き返せない場所まで来ていたから。





 *





「今日は……、少し羽目を外し過ぎたわね」


 彼女は、目の前で、また火を見ていた。


「……やっぱり、あなたって、火遊びが好きなのね」


 炎に照らされながら、彼女は微笑んだ。







 *







 最近、この辺りで連続して発生している不審火に、その日、また一件追加された。



 煙の行方も。

 二人の行方も。



 誰も、知らない。

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火遊び ヤマ @ymhr0926

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