第3話 学校

「心人君、退院おめでとう」

看護師さんとお医者さんにそう笑顔を向けられた。

「本当に、今までありがとうございました」

頭を下げて、ここは病院の出入り口の自動ドアの前。

僕はやっと、退院できるようになったのだ。

先生や看護師さん達から祝いの手紙を貰い、嬉しさと温かい気持ちに恵まれた。

長年、生まれてからずっといた病院は……。

僕を閉じ込めていたようで、僕を守ってくれていた。

病弱な僕を、長く生きさせてくれた。

その事実を噛み締め、しばらく立ち尽くしていた。

頬がじんわりと暖かくなって、小さく零しながら。

「本当に……お世話になりました」

振り向き、踵を返していく。

外への期待を胸に、この病院という巣から今旅立つのだ。


日陰から出ると、光が目を突き刺した。

照りつけるような暑さ、初めて耳にする蝉時雨。

車の音、並ぶ建物。

「これが……外……!」

ただ、好奇心に満ち溢れていた。

病院じゃ見ないような色と形をした様々な風景や町並みに目を輝かせ、見たことないくらいに青い青い

空が広がっていて。

僕はそれに手を伸ばして、届かないことを知った。

「! わぁ…………!」

子供っぽい喜びに満ち足りた声を上げながら、スキップして野原を走る。

くるりと振り向いて、回って。

踊るように辺りを見渡す。

音が、光が、影が、匂いが。

あの真っ白な世界病院とは違ったふうに色を宿していた。

僕は今、自由な世界で生きている……! 


「心人! 退院おめでとう!」

家に帰って、その日の夜。

クラッカーを鳴らして母さんと父さんが祝ってくれた。

ケーキはいちごの乗ったショートケーキ。

いちごは甘酸っぱい、ケーキのクリームは舌に絡まるような甘さを広がらせる。

世界は眩くキラキラしていて、夜に空を見上げれば暗い空に星の輝きが。

家の中は暖かくて、家族が笑顔で待ってくれている。

その幸せが、どんなに望んだことだったか。

このまま辛かった事を忘れてしまうくらいに、楽しい日々を過ごしたいと望みながら。

胸を撫で下ろし、静かにベッドの上で眠りについた。


初めての登校。

緊張に顔を引き締めて、浮かぶ不安感に立ち止まっていた。

お母さんに締めてもらったネクタイ、上手く出来てるかな。

昨日切った髪、綺麗かな。

慣れない、学校という場所に。

それでも……みんなに。

桜に……会いたい……。

……………………心人。

ゆっくりだ、着実に……。

自分に暗示をかけながら、教室のドアに手を掛ける。

ふぅ、と呼吸を整えて、意を決した。

僕は、桜に会う。

彼女に、きっと……!

手の先に思いをかけ、ドアを少し強く引いた。

「?」

教室の皆が、一斉に僕を見る。

「だ、誰だ?」

「迷っちゃってるのかな?」

「どうしたんだろう」

不安を揺さぶる声の数々。

「あ、えっと……。その…、」

喉が締め付けられるように、上手く声が出ない。

でもそうだった。

今まで学校にこれてない僕は、知らない人のほうが多いのかもしれないのだ。

緊張か、不安か。

とにかく、押し潰されそうに汗を浮かべ、少し涙をにじませた。

諦めかけたその時。

「あの……もしかして」

可愛らしい声がした。

見ると、桜のヘアピンをした長髪の女の子。

「心人君、ですか?」

「えっ……?」

その仕草、声の感覚。

雰囲気。

少し変わっている、でも、間違いない。

この子が。

この女の子は、桜だ。

「えっと……、前に先生が言ってた。『今まで学校に来れなかった男の子がもうすぐここに来る』って。その男の子の名前が心人だったから……。多分……君のことだよね?」

「…………! うん……!」

「えへへ、当たったみたいでよかった」

彼女が笑って、その顔が。

花弁のように綺麗だった。

この人が、僕の命の恩人。

あの折り紙の鶴をくれた、女の子。

「ありがとう、桜さん」

「へっ……? なんで私の名前を?」

「えっ、あっ……いやっ……その」

僕が過去に、君と出会った

だなんて言いたいけど。

そんなこと、きっと彼女は忘れてる。

だから、僕は今。

君と友達になることから始めるよ。

僕は、やっと。

ここで桜と初めての再開を果たした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る