8月22日
「二本ですね、合わせて400円になります……はい、ちょうどですね。少々お待ちください」
束沙が振り向いた先には、老紳士と渚がすでに用意していたチョコバナナが3本置いてある。
「どうぞ、お気をつけて。ありがとうございました〜」
「ふぅ、ただいま。おじいちゃんはまだ?」
渚が裏側からダンボール箱を抱えて入ってくる。
「帰ってきてないね。次のお客さんが来るまでに間に合うといいんだけど」
「うぉ、残り1本かよ。……残ってるチョコでなんとか作れないか試してみるわ」
「わかった。……紙とか持ってない?」
「え、ん〜、確かそこら辺に、ねぇな。あ、ちょっと待って」
ダンボールの蓋を一部切り取って束沙に渡す。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう」
束沙はボールペンを取り出し、切れはしに「材料不足中」と書く。
「すみません、チョコバナナ1本ください」
「あっ、はい。200円です」
客が去って行った後、束沙は切れはしを机に立てて持ち、人が多くなってきた通りを眺める。少しして、一人の男が机に腕を置く。
「こんちは〜。チョコバナナありますか〜?」
束沙は愛想笑いをする。
「申し訳ないのですが、今材料を調達しているところでして」
「じゃあ、用意できるまで話し相手になってくれませんか〜、『ホモ』の人?」
「……、なんでいるんだよ」
見下すように笑ってるのが、記憶と重なる。
「なんでいちゃいけねぇんだよ。せっかくの祭りだぜ? 行かないわけがねぇだろうがよ」
さっさと消え失せてほしいけど、コイツは退かないだろうし、だからといってこの場を離れるわけにもいかない。
「去年も来たんだけどよ、オマエんこと見かけなかったなぁ」
「バイトしてたからね」
「祭りやってんのにバイト? 友だちいねぇの? あぁ、いねぇか。こんなキモチワルイ奴なんかと友だちになりたいのなんているわけねぇか」
デカイ声で笑うのが耳障りだ。わざわざ突っかかってくるオマエのほうが気持ち悪いだろ。
「見た目だけ良くって遊び放題だとしても、それを楽しめねぇんじゃもったいねぇよな〜……中身は同性好きのヘンタイヤローだしな〜」
ゲラゲラうるさい。だけど否定はできない。なんで憶測だけでこんなに当ててくるんだろう。スラスラと真偽の混ざったことを言ってくる。本当に気持ち悪い。吐き気がする。僕は、どうしたら……。
「お客さん、チョコバナナできたぞ!」
束沙の横から渚が顔を出し、相手の口に突っ込む。
「んがっ! 何すんだ! 危ねぇだろっ……つーかチョコほとんどねぇ!」
「お代は200円だよ?」
「こんなのに200円も払ってたまるか!」
「じゃあ警察呼ぶか?」
「はぁ? オレがなんかしたか?」
「窃盗、営業妨害、あと暴言?」
「…………」
200円を叩きつけた後、ニヤッと笑う。
「なぁ、オマエは知ってんのかよ、コイツが」
「成績優秀で、運動神経もいいし、めっちゃいいヤツで、でも一人で抱えがちな束沙がどうした?」
渚は満面の笑みで相手の言葉を遮る。
「ちなみに俺は、人の好みにどーこー言う奴のほうが気持ち悪いし関わりたくないって思うけど?」
男は舌打ちを残してその場を去る。渚は束沙を軽く引っ張る。
「束沙、一旦休もうぜ」
「……ありがとう」
戻ってきた老紳士に休憩をとると話し、2人は人のいない細い路地に入る。
「顔色悪いぞ」
「そう、かもね」
「…………さっきの奴のこと、訊いてもいいか?」
「……一言で言えば同級生で、中三のときのクラスメイト」
「何があったか、とかは……」
渚は束沙の顔を見る。
「束沙が話したく……話せるようになったら話してくれ」
「聞きたいんだね」
苦笑混じりに言うと、渚はきまり悪そうに少し唸る。微笑んだ束沙は空を見上げる。
「……じゃあ、明日時間があったら」
「…………おうよ」
渚は伸びをしてニッと笑う。
「じゃ、今日のラストスパート、行きますか」
「そうだね」
2人は音楽と人の喧騒で満たされた大通りに戻っていった。
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