8月19日
振動したケータイを取り出し、束沙は画面を開く。
「カラオケ誘われたんだけど」
「行くよな?」
「……最近、急だなぁ」
そうつぶやきながら文字を打つ。
「行く。どこ?」
「いつものとこ」
すぐに来た返事に「了解」と口で返すと、自転車に跨って走り出す。
数十分後、束沙が駐車場に入ると渚が手を振っている。
「おつかれ、もうみんな入っちまった」
「
「陽翔はバイトだってさ〜」
部屋に入る渚に束沙も続く。注文用の機械を触っていた男が2人に気づき片手を上げる。
「おっす、束沙ー、久しぶりだな!」
「久しぶり、茂登、智樹も」
智樹は茂登の正面に座っていて、束沙に軽く片手を上げて応える。茂登が奥へと移動し、渚と束沙は彼に続くように椅子に座る。
「夏休み終わるまで集まんねぇと思ってたわ」
「ほんとな。あ、2人はどれ頼む?」
「見して見して」
渚と茂登が画面を軽く取り合うのを横目に、束沙は智樹に訊く。
「智樹は何か曲入れたの?」
「英語の曲を入れようかと。でもいつも聞いてるやつが見当たらなくて」
「智樹は勉強熱心だな〜」
渚が口を挟み、茂登が同意するように大きく頷く。
「コイツ来たとたんに勉強道具出し始めたんだぞ」
「マジか、すげぇな」
「ありえねぇよ」
何度も頷く2人を、智樹は少し睨むように見る。
「大学行くならこれくらいやらないとなんだ。それに就職するとしても成績は関係あるだろ。二人は宿題終わったのか?」
茂登が硬直し、気まずそうに誰もいない方を見る。渚はニッと笑う。
「俺はとっくに終わってるよ!」
智樹が疑わしそうな視線を向けるが、渚は束沙の肩を掴んで言う。
「束沙に手伝ってもらったからな!」
「え、ずりぃぞ! 束沙、俺のも手伝ってくんねぇか?!」
茂登がバッと束沙に頭を下げる。束沙は微笑んで言う。
「とりあえず、今日は遊ぼうか」
2時間程が経ち、渚は軽く伸びをする。
「のど渇いてきたわ。ドリンクバー行く人〜」
「俺次曲入ってっからパス」
「まだあるので」
「僕は行くよ」
渚と束沙は部屋を出る。
「どんくらい居られるんだろ」
「う〜ん、最低でももう一時間くらいはできそうだけど。僕もう歌う曲ないんだよね」
「束沙はあんま最近の曲聞かねぇもんな。さっき入れてたのもなつかったわ」
「あれくらいしかなくて」
束沙はコーヒーの、渚は炭酸のボタンを押す。渚はふと横を見る。
「あ、え、あれ?」
「どうしたの?」
「いや、……陽翔〜、バイトじゃなかったん?」
コップを2個持っている陽翔は、渚の声に驚くように顔を上げる。
「渚と、束沙……や、やっほ〜」
ぎこちない笑顔で言い、ドリンクバーのボタンを押す。
「……バイ」
「夏休み、楽しんでる?」
渚の言葉を遮って束沙が話しかける。
「え、うん」
「なら良かった。じゃあ、僕たちは戻るね」
そして渚を少し引っ張るようにその場を離れる。
「理由聞かなねぇの?」
「たぶん、大事なときなんだと思うよ」
渚は首を傾げる。部屋に戻ると、茂登はちょうど歌い終わる。
「渚、どした? なんか変な顔してっけど」
「えっと……言っていいかわかんないけど」
元の位置に座る。
「今さっき、陽翔と会った」
「うぇぇ!? 陽翔が?! バイトじゃなかったんかよ!?」
「誰かと来ていたのか!?」
茂登はのけ反るように驚き、智樹は机に身を乗り出す。
「なんか、コップ2個持ってたから誰かと一緒だとは思うけど、誰かはわかんねぇな……」
「彼女ができたとは噂で聞いていたが、カラオケデートとは……」
智樹が静かに頷く。茂登は立ち上がる。
「ちょっくら様子見てこようぜ!」
智樹も乗り気で立ち上がる。
「二人とも、ちょっと待って」
束沙は眉を少し下げて微笑む。
「気になるのもわかるけど、今はそっとしておこうよ。折角二人で楽しく過ごしてるんだろうし。それに、覗きに行ったら陽翔がバイトって言っていた意味がなくなるでしょ?」
「……それもそうだな」
「部屋番号もわからないからね」
2人は腰を下ろす。智樹は少し考えた後、ニヤッと笑って提案する。
「それでは、陽翔の彼女がどんなコか、予想大会をしよう」
「名案だな!」
そしてまた会話が盛り上がる。渚は束沙に笑いかける。
「束沙って、ほんと、優しいよな」
「……そんなことはないと思うよ」
「……じゃあ、束沙はどんな女子が好きなんだ?」
茂登が話の矛先を束沙に向ける。
「え、あ……、……」
無言になる束沙の横で、渚は勢いよく手を挙げる。
「茂登せんせー! 相手を好きになるってど〜ゆ〜ことですか〜?」
「そこからかよ! まぁいい、それはですね……」
茂登が得意気に説明を始め、所々で智樹が異を唱え、話は徐々に逸れていく。楽しそうに話を聞く渚を眺め、束沙は微笑み会話に加わっていった。
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