第一章 偽・乙女恋愛狂騒曲 その十九
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メチャスゴドラゴンの魅力を一言で言い表すとすれば、それは配色のランダム性と言えるわ。少年心をくすぐる竜のキャラクターに虹色のデザイン。人気キャラクターだから、今日まで多種多様なグッズが発売されてきたけど、一つとして同じ配色のものはない。
だから、コレクターのボク……いや、わたくしにとって、そのどれもが新たな出会いなの。とりわけドラゴンカードみたいなコレクション性の高いグッズに関してはね。
わたくしはドラゴンシリーズが本当に好き。それだけじゃない。格闘ゲームも、少年漫画も、激しい音楽も――男の子が好きなものはみんな好き。それは嘘偽りない、わたくしの本心よ。
だけど、わたくしがどれだけ男の子向けの作品が好きだと言っても、それを誰かに悟られることは許されなかった。それは親の教育にも原因があったけど、いつのころからか、わたくしはみんなから『マドンナ』と呼ばれるようになり、それは聖クレア女学園の高等部に進級した今も続いている。
わたくしはみんなの期待に応えるように才色兼備な大和撫子として振る舞ってきた。
だけど、そんなのわたくしの本心じゃないのだから、結局は破綻するじゃない?
だから、わたくしはお兄様の私服を着て、街中を出歩くようになった。男の子の服を着て、さらさらの黒髪ボブヘアを隠すためにハンチング帽を被って、わたくしはその姿でゲームセンターに通ったり、ロックバンドのライブで飛び跳ねてみたり――知っていたかしら? 我慢せずに自分が好きなことをするのって、本当に最高なのよ?
それは高校生になってからも続いていくものだと思っていた――あの、坊とかいう男が現れるまでは。
今日のカードゲーム大会だって、本当はわたくしが優勝してメチャスゴドラゴンの限定カードを手に入れるはずだったのに。あいつ、試合の途中でそのカードを持ち逃げしたの。ドロボーよ、ド、ロ、ボー。あの試合は絶対にわたくしが勝っていた。それぐらい勝敗がはっきりした試合展開だったの!
あの男は「乙女のため」とか言って街中を駆け回っていたようだけど……因果応報とはよく言ったものね。結婚式場の外でボロ雑巾みたいに捨て置かれるなんて、ドロボーらしいお誂え向きな最期じゃない。別に可哀想だなんて思わないわ。惨めだとは思うけど……とりあえず、こいつが盗んだカードは返してもらうわ。あれはわたくしの賞品なのだから。
「ほら、何伸びてんのさ。早く起きなよ」
わたくしは、道端で転がる彼を揺すった。
「……む、メメか」
体中傷だらけの彼は仰向けのまま四肢を大の字に広げ、目を閉じたまま言った。
わたくしは単刀直入に告げる。
「あの決勝戦はボクが勝っていた。だから――」
「これはメメに返す」
彼はわたくしの言葉を遮って、胸ポケットから目当ての限定カードを取り出した。
「……分かればいいのよ」
わたくしはそう言うと、彼が差し出したカードを受け取った。
「……結局、俺は乙女に思いを告げることができなかった」
彼は呟いた。
「……君が言う乙女って、いったいどんな人なの?」
わたくしは聞いた。こんなこと、別に聞く必要なんてなかったのだけど、彼をここまで魅了する、その乙女という人の正体が、わたくしは少しだけ気になっていた。
「乙女は形容し難いほどに美しい、俺の思い人だ」
彼は答えた。
……聞いて後悔した。愛しのとか何とか言って、結局は見た目が好きなだけじゃない。そんな陳腐な動機では乙女どころか、世の中の女性は誰一人振り向いてくれないわよ。本当に気持ち悪い。心底軽蔑するわ。
「――だが、それよりも重要なことは彼女が物憂げな顔をしていたことだ」
……彼の言葉には続きがあった。
「おそらく彼女は誰にも相談できない大きな悩みを抱えているのだ。放っていたら、ある日突然、この世界からいなくなってしまいそうな、そんな悲哀を彼女は纏っていた。俺が知らないだけで、この世界にはそういった人間が一定数いるのかもしれない……だが、俺は初めて出会ったのだ。自分の人生という小さな枠の中で、彼女のような今にも消え入りそうな存在に」
「……ずいぶんと詩的な考えだね。工業高校の生徒って、頭の悪い人しかいないと思っていた」
「そうだな。だが、根はいい奴らなのだ。単に阿呆なだけだ」
彼はそう言うと、小さく笑ってみせる。
「俺が十五歳の時、父が死んだ……事故死だった。ただでさえ貧乏なのに、父がいなくなり、家計は完全に収入が途絶えてしまった。これでは、将来設計などあったものではない。数学教諭になりたかった俺はその夢を諦め、工業高校に進学した。もしかしたら、メメ。お前と勉学を共にする未来もあったかもしれないな」
「……それが乙女を救いたい理由? 君は自分と同じように、心が傷付いている人を放っておけない。そうなんでしょ?」
わたくしは聞いた。
だけど、彼はそれ以上、口を開くことはなかった。
人が何に喜んだり、何に悲しんだり、何に怒ったり、何に卑屈になったり――そんなことは本当に人それぞれだと思うけど、彼にとって実父との死別や、それによって希望する進路に進めなかったことは、自分の心を傷付けるには十分過ぎる出来事だったはずで、きっと彼は独りで悩んできたからこそ、他人の気持ちを察することができるようになった。
それだけじゃない。彼は乙女という大きな悲しみを背負う人に手を差し伸べて、真っ暗な世界から救い出そうとしていた。
――それって、まるでわたくしが大好きな正義のヒーローみたいじゃない。
「……今日はもう帰ろう?」
わたくしは、道に転がる彼に言った。
彼は「そうだな」とだけ呟き、閉じていた目をゆっくりと開いた。
薄暮の街は暗くなりつつある。遠くでは数羽のカラスが一日の終わりを歌っていた。
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