第5話 F警察署
今回の犯罪において、樋口刑事と、秋元刑事が、心の中で、
「犯人と思しき男が自殺をした」
ということに疑問を呈しているのは、前述のとおりであるが、その中でも、
「あれは、絶対に自殺ではない」
と声を大にして叫んでいるのが、秋元刑事であった。
彼を詳しくは知らないF警察署の刑事たちは、
「何をバカなことを言っているんだ」
とばかりに、一蹴した。
「どうせ、遺書がなかったということから、自殺ではないといいたいのだろうが、遺書のない自殺なんていくらでもある。特に、自分がやったことが怖くなって衝動的に自殺をしたということで、納得がいくじゃないか?」
と思っていた。
しかし、実はこの、
「他殺説」
というものには、樋口刑事も賛成だった。
だから、彼が同じF警察の捜査員が、秋元刑事を罵っているのを聞くと、耳が痛い気がしたのだ。
だから、言い返すのだが、彼にとって気になったのが、
「久保が飛び降りた場所が、まったく何の関係もないビルだった」
ということで、
「家からも、犯行現場からも遠い」
ということと、
「その近くに彼が立ち寄るような場所がない」
ということを考慮すれば、
「なぜ、ヵれがあんな場所から飛び降りることになったんだい?」
ということであった。
しかし、
「犯人の精神が錯乱状態で、暴行自体が、衝動的な犯行だったとすれば、やってしまった後に錯乱してしまい、とにかくどこかに逃げないとと思ったことで闇雲に逃げたはいいが、気が付けば知らないとことに行きついて、急に不安になって、自殺を思い立ったと考えるが、自然ではないですか?」
というのだった。
そういって、自信たっぷりの捜査員を見ると、
「なるほど」
と一言いって、樋口刑事は考え込んだ。
「どこか間違っていますか?」
と言わんばかりの捜査員に対して、ニコリとほほ笑んだ樋口刑事だったが、それを見た捜査員は、ハッとなった。
「今回のような態度を取る時の樋口刑事は、相手の意見をしっかり聞いて判断することにしているので、最初は反対意見は途中でかぶせるようにしては言わない。今回のように話を一通り聞いたうえで、ニコリと笑えば、一応の意見に賛同はしてくれている」
ということだと思った。
しかし、賛同はするが、賛成はしていない。
つまり、まだ自分の意見を言っていないからであり、聞く方は、実はこの時が肝心なのだった。
「確かに筋は通っているよね。だけど、私は天邪鬼なところがあるから、それだけでは、納得のいかないところがあるんだ。何といっても、彼がそのマンションを選んだということなんだよね。その場所に本当に関係は何もないのかということがハッキリしないと納得できない。さらに、彼が死んでしまった今となっては、何とも言えないところがあるので、単純には決められないと思うんだよ」
ということだった。
捜査員は、それでも、
「血気に走る」
といってもいい人が多く、それはそれで刑事としては、必要なところでもあるだろう。
しかし、推理するとなると、一応の冷静さも必要で、感情に走らないところが重要ということでもあった。
そこで、捜査員も、
「本当は口にしてはいけない」
と思ったが、つい、気になって口にしてしまった。
「樋口刑事はまさか、あのK警察の秋元という男の感情に走った言い分を信じているわけではないでしょうね?」
と言った。
それに対して、樋口刑事のこめかみが一瞬、ビクッとなったが、それに気づいた捜査員はいなかっただろう。
もっとも、それくらいに繊細であれば、やみくもに、そこまで秋元刑事に敵対意識を示すはずがない。
「これは明らかな、秋元刑事に対しての反発心になるんだろうな」
ということだったのだ。
それを考えると、
「うちにも、秋元刑事のような人が一人でもいればな」
と思えた。
逆にいえば、
「秋元刑事がいるから、K警察署は、面目を保っているということに、他の捜査員は分かっていないんだろうな」
ということであった。
さらに、
「秋元刑事のいいところを上司が把握していることが、せめてもの救いなのかも知れないな」
と思うと、
「ああいう刑事とコンビを組んでみたいと思えてきたな」
というのであった。
今の自分のパートナーである清水刑事も、
「血気に走る」
というところがないわけではない。
確かに、樋口刑事は、清水刑事を信頼もしている。
ただ、それは、
「新人の頃から、自分が育ててきた」
という自負があるからで、もっといえば、
「人材育成に関しては自信がある」
と思っている。
しかし、彼は、表向きには、
「後輩を育てるのが苦手で、後継者だなんて」
という顔をしている。
桜井警部補に対しても同じような態度を取っているのであり、桜井警部補としては、
「そんな謙遜を」
と思っているが、樋口刑事とすれば、
「私は、このまま現場に、もう少しいたいんだ」
と気持ちがあった。
だから、少しでも、
「後継者お育てている」
という態度を見せてしまうと、自分の立場が、根本から狂ってしまうと思っている。
その信念に関しては、相手がたとえ、桜井警部補であっても。崩したくない。
もちろん、桜井警部補くらいの人間になれば、そんなことは分かっていて、大目に見ている。
樋口刑事も、
「そんな桜井刑事だからこそ、俺は、従っているんだ」
ということになるのだろう。
それを考えると、
「F警察の実質的なリーダーという位置に自分が近づいている」
とは感じていた。
今の実質的なリーダーは、言わずと知れた、
「桜井警部補」
であり、それは、捜査員全員、そして、上層部も、全員が周知のことであろう。
だからこそ、F警察の検挙率は、県警察の中でもトップクラスで、
「数字には出ないが、犯罪防止率に関しても、トップクラスであろう」
と考えていた。
特に、この警察の署長をはじめ、門倉警部も、同じで、
「犯罪検挙率」
というものを重視する警察署」
というものを目指そうとしている。
しかし、犯罪防御率というものが、数字には出てこない以上、、大っぴらにそれを訴えても、士気に影響するわけではない。部下にやる気を起こさせるには、何といっても、
「数字がモノをいうところにしないと、結果に表れない」
ということで、
「目の前にニンジンをぶら下げないと、人間は動かない」
ということである。
何といっても警察は、昔から、
「悪しき伝統」
なるものがあり、たとえば、
「警察は何かが起こらなければ動かない」
と言われているように、
「数え上げれば、山ほどある」
というほとの、
「悪しき伝統」
というものを、
「いかに解決していけばいいか?」
ということを、
「永遠のテーマ」
とでもいうべきこととして、F警察署の上層部は考えていたのである。
しかし、それを大っぴらに口にできるはずもなく、一応は、
「上層部に従っている」
ということにしておいて、実際には、水面下で、
「悪しき伝説撤廃」
というところに行きつけるように、
「どうしても時間が掛かる」
ということで、当然、
「自分たちの時代にできるはずもない」「
と考えると、
「これからの時代において、いかにやってくれる人を育てるか?」
ということが必要になるだろう。
さすがに、上層部も、最初から、
「そんな大それたことを考えていたわけではない」
というのも、もっと前の時代は、
「昭和の何でもあり」
と言われた時代であったり、
「バブル崩壊」
というものによって、
「世間が狭まったうえに、悪い方に向かっている」
ということが分かる時代になってきたからである。
そんな時代に、昔からの、
「縦割りという、階級組織の問題。そして、横割りといってもいい、縄張り組織の問題」
というものが警察組織の中にあることで、実際には、
「雁字搦めになっている」
といってもいいだろう。
そんな警察組織において、
まず最初にできた体制として、今から15年前くらいに、
「門倉刑事が警部補に昇進した」
ということから始まった。
当時の警部は、理解のある人間であったが、行動力ということにおいて、いまいちのところがあった。
だから、署長が、
「これから、改革をしよう」
と思っても、なかなか思い切ることができなかったのだ。
だが、
「現場の責任者」
ということで、他の署からも一目置かっれるほどの実績があり、さらに、その行動力においては、
「自分の信念を曲げることは絶対にない」
というだけの強い意志がみなぎっているのだった。
当時の警部には、どうしても、
「長い者には巻かれてしまう」
というところがあった、
そうなると、
「肝心なところで、計画が水泡に帰する」
ということになったり、
「機密事項」
というものを厳守できるかというところで、疑問が残ってしまうのであった。
それが、
「計画はあっても実行できないところだった」
のである。
しかし、
「門倉刑事が警部補になった」
という時点で、
「自由に動け、しかも、捜査を預かることができる立場になった」
ということで、
「さらに、そこまで練ってきた計画を、今度は、門倉警部補を中心にという形に組み替えることで、そこに、肝心の門倉警部補を交えるということから、実現に向けて、これから長くなるであろう」
と言われるものを、組み立てていくのであった。
門倉警部補の計画としては、まず、
「自分がさらに上にいった場合に、自分の後継者となる人を作る」
という計画だった。
その白羽の矢が当たったのが、
「桜井刑事」
であった。
ちょうど、今の、
「樋口刑事の立場」
であった、
実は当時の桜井刑事も、
「あまり、計画に乗り気ではなかった」
自分も、
「まだまだこれから」
と思っていたが、これは本人にしか分からないことであったが、
「桜井刑事にしかない感性が、何かを動かしたんだ」
ということで、上層部も納得した。
だから、今の、
「樋口刑事に対しても、何も言わないよういしている」
ということであった。
だが、桜井刑事は、
「自分の通ってきた道」
ということで、分かっているだけに、
「言わなければいけない時は分かっている」
ということから、結構口出しをしている方だろう。
樋口刑事もそれが分かっているのが、
「桜井警部補の助言はありがたくいただく」
と思っていた。
ただ、これも、
「あくまでも、自分の信念の下」
ということで、いくら桜井警部補であっても、
「理不尽だと思えば、遠慮反しない」
と思っていた。
樋口刑事は、最初に警察に入った時に、入署式の時に言われた訓示を思い出した。
「上司の言っていることが、いくら間違っていると思うことでも、新人の間は黙って従え」
ということであった。
「理不尽なことに従わなければいけない?」
と思いながらも、実際にそうしていると、
「最初の頃は、なぜだとしか思えなかった」
しかし、後になると、
「結局逆らえなかった自分に怒りを覚えた」
ということであったが、それは結局、
「自分に逆らうだけの自信も根拠もなかった」
ということで、
「仕方がないこと」
ということで、他の人ならあきらめるのだろうが、樋口はそれが嫌だった。
「どうして自分が嫌だ」
と思ったのか?
そして、
「嫌だと思ってにも関わらず、逆らえない」
という気持ちになったのか?
要するに、自分の中で、
「逆らうだけの、根拠もエビデンスもなかった」
ということになるのだ。
もし、それにそれでも逆らったとすれば、
「論破されて、それで終わりだ」
ということである。
論破されてしまうと、それに逆らえない自分が情けなくなり、次に考えることとしては、
「論破されないように、自分から論破できるだけの情報を得ている必要がある」
ということと、
「論破そのものを研究し、自信をもってモノが言えるようにならないといけない」
ということである。
桜井警部補も、刑事時代に、そのノウハウを身に着け、そして、警部補に昇進したのだ。そのことを桜井警部補は敢えて、樋口刑事には言わない。きっと、
「樋口刑事は、自分で理解してくれることだろう」
という考えからであった。
樋口刑事は、そんな桜井警部補が、
「何かを考えている」
というのは分かるのだが、そこまで深く考えているとは分からないことだろう。
むしろ、
「それが分かるくらいであれば、すでに、警部補への昇進試験を目指している」
ということになるだろう。
そんなF警察署の人間関係であったり、
「目指すところ」
というものはしっかりしていた。
さすがに、そんなF警察署の考え方に似た考えを持った警察署が、
「日本広し」
と言えども、なかなかないだろう。
それだけ、
「警察組織」
というものが、
「いかにひどい組織なのか?「
といえるものであろう。
警察というものが、どのようなものなのかというと、
「昭和の悪しき伝統」
どころか、
「大日本帝国時代」
の特高警察と変わらないところも、若干は残っているのかも知れない。
実際に、
「コンプライアンス」
というものには厳しいという態勢は取っているが、そもそも、そこまでしないといけないというのは、昭和の時代の取り調べなど、
「拷問」
と思えるような捜査が実際に行われていたというではないか。
今でこそ、
「当時とはまったく違った捜査方針になった」
というわけだが、
そもそも、そこまで、
「以前と違う」
と感じるということは、
「ごく最近までが、ひどかった」
ということになるであろう。
そんな警察組織であるが、中には、
「骨のある刑事」
というのもいるということで、それが、
「秋元刑事」
のような人材であろう。
「もちろんm清水刑事が悪いわけではないが、秋元刑事と組んでみたいな」
と感じる、樋口刑事であった。
しかし、実際には、所轄が違うということで、組むことはかなわなかったが、
彼はまだ若いにも関わらず、一緒に派遣されてきた刑事が先輩でもあるにも関わらず、自分がまるで指揮を執っているかのようだった。
「どうやら、K警察署の方では、どうせ派遣先の事件だとでも思ったのか、どうでもいいと思っている刑事をよこしたんだろうな」
と樋口刑事は感じた。
そんな中での、
「掃き溜めに鶴」
といってもいい、
「秋元刑事を出してきた」
ということは、それだけ、K警察署での秋元刑事への扱いというものが、ぞんざいであるということが言えるだろう。
それを思えば、
「他の署というものが、まだまだ警察の昔の組織から抜けきっていないんだろう」
と感じるのだった。
「器だけ変えても、中身が変わっていないのな」
ということであった。
要するに、
「有望な新人が育たない」
ということが、一番の問題であり、それが、警察内部の底上げができない証拠になっているということであろう。
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