第33話 『式神の檻(しきがみのおり)──晴明神社の怨霊』

 京都一条戻橋のすぐそば、住宅街の中に静かに佇む神社――晴明神社。


 千年以上前、陰陽師・安倍晴明を祀るその地には、今なお神秘的な空気が漂っている。




 だが、晴明が封じたのは“妖”だけではない。


 呪われし人の魂――すなわち怨霊もまた、式神の檻に囚われていた。





 それは、大学生の蒼井あおいが体験した出来事だった。




 オカルト好きな友人に誘われて訪れた晴明神社。


 午前中だったが、境内には人気がなく、鳥居をくぐると空気が変わった。




「なあ、知ってる? この奥の石碑の下に、“封じられた式神”がまだ動いてるって噂」




 境内の奥、あまり人が近づかない古い祠ほこら――


 その足元には、五芒星の刻まれた古石があった。




 蒼井は、ふと引き寄せられるようにその石に触れてしまった。




 すると、何かが指先に“噛みついた”ような激痛。




 慌てて手を引くと、石の隙間から“黒い紙のようなもの”が風に舞い、空に溶けていった。




 その瞬間から、彼の周囲で異変が始まった。





 夜中、部屋の天井に、紙のように薄い人影が張り付いていた。


 姿は定かでない。ただ、顔のない人形のような何かが、毎晩じっと彼を見下ろしてくる。




 そして、夢に現れるのは、炎に焼かれる女。




「式神にされた……燃やされた……私の名”を思い出せ……」




 何度も、同じ夢。


 その女はかつて、晴明に「式神として使役されるために」人間のまま呪術で捉えられ、意思を奪われた存在だという。




 自らの“怨念”が形を成し、長い封印の中で式神そのものとなり、晴明亡き後も神社の石の下に縛られていた。




 蒼井が石を動かしたことで、その封印がわずかに緩んだのだ。




 以来、蒼井の周囲では「五芒星に似た黒い痣」が現れる、鏡の中の自分が微笑む、耳元で知らない女の名が囁かれる――といった現象が次々と起こった。




「名を返せ……わたしの名前を……思い出して……」




 やがて蒼井は、自分が夢の中で彼女の名を一度だけ呼んだ記憶を思い出す。




 それは――“榊さかき”という名だった。




 式神・榊。


 晴明が晩年、最も恐れたとされる“人の形を残した呪物”。




 その名を声に出した瞬間、蒼井の部屋に五芒星の火が走り、


 彼の影から女の姿が抜け出した。




 女は、顔のないまま、ただこう囁いた。




「これで、おまえも……檻の中だよ」




 蒼井はそのまま、昏睡状態に陥った。




 そして――奇妙なことに、晴明神社の古祠には、もう一枚“黒い式札”が張られていた。




 人の形を模したそれには、こう記されていた。




【第十三の式神・青井】





 晴明が式神として扱ったのは、12体のはずだった。


 しかし、13体目の記録は失われたとされている。




 それは、人の魂を“封じて”操る禁術――




 現代に至るまで、式神の檻は生き続けているのかもしれない。




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