第17話 『蹴上の罪人』
蹴上インクラインに、夜間立ち入り禁止の時間があることを知っている人は少ない。
理由は「危険だから」ではない。
“出るから”だ。
大学生の坂崎亮は、都市伝説を集める動画配信者だった。
フォロワーはそこそこ。
再生数はイマイチ。
決定打に欠ける中、「京都で本当にやばい場所を検証してみた」という企画のため、亮は蹴上を選んだ。
南禅寺の脇からインクラインに入り、線路沿いに歩いていく。
そこは、琵琶湖疏水の水路とトンネルが交差する、独特の地形。
「このあたり、昔は処刑場の“出口”やってんて」
同行した友人・村尾の言葉に、亮は笑いながらカメラを回し続けた。
だが、トンネルの手前で、空気が変わった。
冷たい。
異様に、湿っている。
水の匂いが生臭く、喉に貼りつく。
そのときだった。
がしゃん――
金属の鎖の音が、どこからか響いた。
ライトを向けると、トンネルの奥に誰かが立っていた。
白い衣に、縄で縛られた胴。
顔は見えない。
だが、足首が浮いていた。
「おい、あれ人か!? やばくない!?」
村尾が叫んだと同時に、カメラがノイズを起こし、ライトが消えた。
真っ暗闇の中、鎖を引きずる音だけが近づいてくる。
「おれを……また、流すんか……?」
くぐもった声が、背後から聞こえた。
「冤罪やったんやぞ……あいつがやったんや……
なのに、なんで……わしだけ……」
亮が叫んだ。
「ごめんなさい!関係ないです!ただの撮影で――!」
でも、声は止まなかった。
「お前も……裁かれろや……
無実の者を、笑いもんにした罪でなぁ……」
翌朝、蹴上インクラインで倒れていた亮が発見された。
意識はあるが、言葉を発さない。
彼のスマホだけが動画を記録していた。
最後のシーンで、トンネルの奥から「ずぶ濡れの男」が這い出てくる映像が映っている。
警察は当然、合成だと判断した。
だが、動画の最後にだけ、不可解な現象があった。
録音されたノイズの中、こう聞こえる。
「おれの首は、まだ冷たい水の底や……
だれが、ほんまの“罪人”なんやろなぁ……」
蹴上ではいまも、夜になると誰かが琵琶湖疏水のトンネルから這い上がるという。
処刑され、汚名を着せられた罪人の魂は、
いまだに“裁かれる側”として、
この地をさまよっているのかもしれない――。
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