第6話 『狐垣の家』

 京都・一乗寺の住宅街。


 大学生の佐伯悠真(さえき・ゆうま)は、家賃の安さに惹かれて、古い木造の貸家に引っ越してきた。


 築60年。畳は日焼けし、柱はきしむ。

 だが、家の裏手に低い石の垣根が残っているのが不思議だった。



 不動産屋に尋ねても、「昔からあるだけですわ」と笑ってごまかされる。


 悠真は気にしなかった。

 ただ、入居したその晩から、妙なことが起き始めた。


 夜の2時きっかり。

 庭から、「カラ……カラ……」と、小石を転がすような音が聞こえる。


 初めはネコだと思った。

 だが毎晩、まったく同じ時間に音がする。


 ある夜、恐る恐る障子を開けると――裏庭に、白く小さな影が見えた。


 狐のようだった。

 けれど、異様に細長く、顔が人間のように見えた。



 垣根の内側で、影は身じろぎもしない。



 その翌朝、悠真は庭に出てみた。

 垣根の内側には、足跡がない。だが外側には、無数の獣の足跡がある。



 まるで、垣根が“結界”になっているようだった。



 気味が悪くなり、地元の古道具屋に相談すると、年老いた主人が顔をしかめて言った。


「……あんた、その家、狐垣の内にあるんやな」

「狐垣?」

「あれは、昔ここらが山だったころ、稲荷の眷属を祀る場所やったんや。

祠を壊して家を建てたんやろ。そやけど、垣根だけは壊さず残した。壊せんかったんや」


「中に入ったもんは、外へ出されへん。


 やけど、外のもんも、中には入れへん。

……せやから、入ってしもた人間”が一番あかんのや」



 その夜、悠真は家を出ようとした。


 だが玄関の扉が開かない。窓も固く閉じられている。スマホは圏外。


 そして午前2時。

 垣根の向こうから、カラ……カラ……という音が響いた。



 狐が、何かをくわえてこちらを見ている。

 それは、悠真がなくしたはずの――合鍵だった。



 狐は、じっと見ていた。

 まるで「返してほしいなら、代わりに何か出せ」と言っているかのように。



 翌朝、近隣住民が通報して警察が駆けつけたとき、

 悠真の姿はなかった。



 だが裏庭の狐垣の内側には、

 見たことのない小さな石像が一体、増えていた。



 そして、その石像の口元には、鍵がくわえられていた。

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