第5話 『産寧坂で転んだら』

「三年坂で転ぶと三年以内に死ぬ」




 京都を訪れる観光客のあいだでは、昔からそう言われている。


 だがそれは、ただの迷信でも、都市伝説でもなかった。




 修学旅行で京都を訪れた高校生・橘玲奈は、


 清水寺からの帰り道、産寧坂でつまずいて、転んだ。






 手のひらをすりむいただけ。




 周囲の友人たちも笑いながら声をかけた。




「やば、三年以内に死ぬんちゃう?」


「そんなん、ただの言い伝えやんw」




 玲奈も笑ってその場をやりすごした――つもりだった。




 その夜、宿泊していた旅館で、玲奈は妙な夢を見る。




 夢の中で、産寧坂にひとり立ち尽くす自分。


 周囲には誰もおらず、空は灰色にくすみ、風は冷たい。




 その静けさの中、背後から**パチン……パチン……


 爪で石を叩くような音が、間隔をあけて聞こえてくる。






 振り返ると、白い和服の女が立っていた。




 髪は乱れ、顔はよく見えない。


 だがその女が、片足を引きずりながらこちらへ近づいてくるたびに、石畳に爪が触れて音が鳴っている。




 パチン、パチン。


 近づくたびに、音が速くなる。




 玲奈は動けず、ただ立ち尽くす。


 女が口を開いた。




「転んだら、ここへ来るって、決まってるの」




 玲奈は、そこで目を覚ました。




 汗びっしょりだった。体が冷たい。




 その日から、玲奈の周囲では妙な偶然が起き始めた。




・校舎の階段で転んで骨折した同級生


・バスに乗り遅れたことが原因で事故を回避できた親友


・「三年坂って“死年坂”って書くんちゃう?」と笑った男子が、翌日肺炎で倒れる




 ……そして一週間後。


 鏡の前で制服のポケットを探っていた玲奈は、あの時こすりむいた手のひらに新しいすり傷ができていることに気づいた。




「治ったはずなのに……いつの間に……?」




 夜になるとまた夢を見る。


 例の女が、近づいてくる。




 毎晩、近づいてくる。




 そして三日後、女が目の前に立ち、こう囁いた。




「あと、三年よ」




 玲奈は大学に進学し、夢の記憶も薄れていった。


 けれど、その言葉だけは忘れられない。




 三年以内に死ぬ――そう決まっているなら、どう生きるか。


 そう思って毎日を過ごすようになった。






 ところが。


 大学3年の春、友人と京都旅行を再訪することになった。




「また来るんかい」と笑いながら歩く産寧坂。


 そのとき、玲奈の耳に微かに聞こえた。




 パチン……パチン……パチン……








 玲奈の遺体は、清水寺へと続く石段の途中で見つかった。


 階段から転落したらしいが、致命傷は首の骨の損傷。


 ただ、奇妙なことが一つあった。






 手のひらに深い擦り傷があり、その中に――白く硬い、女の爪が一本、刺さっていた。




 そして今も、産寧坂ではときおり、


 夜になると一段ずつ石畳を叩く音がするという。




 パチン……パチン……。




 あなたはもう、転んでいませんか?




 ※ もし転んでも救済措置があります。


 それは、産寧坂にある瓢箪屋でそこの瓢箪をお守りにすると助かるってもの。


 信じるか信じないかは……(笑)


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