僕はこの物語の主人公にはなれなかった

匿名希望

第1話

僕はこの物語の主人公にはなれない。

そう気づいたのはいつ頃だったのだろうか。

テストで一番を取るのも別の誰か。

体育祭で一番を取るのも別の誰か。

先生に褒められるのも別の誰か。

友達に人気なのも、注目を浴びるのも、また別の誰かだった。

幼い頃の僕は確かに『主人公』だった。

僕の周りには必ず誰かがいて、その誰かの中の僕は必ず一番だった。たくさんの笑顔も、拍手も、いつだって僕に向けられていた。

テストで一番を取れば「すごいね」と褒められた。

体育祭で一番を取ればみんなが僕に笑顔を向けた。

友達に人気なのも、注目を浴びているのも、ずっと僕だった。

親も、友達も、先生も、みんなが僕に笑顔を向けていた。

───でも、それも長くは続かなかった。

最初は小さな違和感だった。

テストで一番を取れなくなったこと。

体育祭で一番を取っても前みたいにみんなの笑顔が集まらなかったこと。

先生が「すごいね」と褒める相手が僕ではなかったこと。

友達に人気なのも、注目を浴びているのも、僕ではなかったこと。

クラスの中心にいるのが、気がつけば僕ではなかったこと。

今回はたまたま調子が悪かっただけだって、今回はたまたま、あいつの方が目立ってただけだって、何度も何度も何度も。自分に言い聞かせていた。

いつからだろう。

僕よりも勉強が出来るやつが現れたのは。

僕よりも運動が出来るやつが現れたのは。

僕よりもみんなに好かれる奴が現れたのは。

僕よりも『すごい奴』が現れたのは。

いつから僕は一番じゃなくなったんだろう。

いつから僕は『主人公』じゃなくなったんだろう。

気がつけば、僕の名前を呼ぶ声は少なくなっていた。どんなに一番を取っても、どんなに努力をしていても、もう、みんなの視線を独り占めしていることはなかった。クラスの中心にいるのは、もう僕ではなかった。

僕は別に、特別な存在なんかじゃなかった。この世界には僕よりもすごい奴がたくさんいて、その〝すごい奴〟は別に僕じゃなくてもよかった。そう気がついた時、僕は世界が狂っていると思った。

───でもそれは過去の話だ。今は違う。

画面の向こうには無数の人間がいて、流れるコメントが僕の存在を証明するかのように、画面を埋めつくしていく。たくさんの人間が、僕のことを見てくれている。僕の名前が、僕の姿が、僕の言葉が、画面の向こうにいる無数の人間に届いているのだ。

やっとみんなが、僕を見てくれた。

あぁ、今この瞬間、やっと僕は主人公になれたんだ。

「これでやっと…主人公になれた…」

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