Ⅱ-8.痛み②
「駄目だ」
朝の五時半。玄関口でオパエツはヨッカに言った。
見送りをしようと階段で降りてきた私の目の前で、二人は一触即発の睨み合いをしていた。
オパエツはヨッカの行く手を阻み、玄関扉の前に立っていた。
「どけ。邪魔だ」
「行かせられない。今日の試合に出たら、ヨッカは死ぬ」
「死なねぇよ。机上の空論で他人を縛るな」
「机上の空論でヒトの晴れ舞台を汚すほど、俺も落ちちゃいない」
「話になんねぇ。ベランダから出る」
ヨッカはリビングのベランダから出ようと私の方へと歩いてきた。
私は、廊下の真ん中でヨッカと対峙した。
「悪い、イヨ。急いでるんだ」
「オパエツ、ヨッカが死ぬって本当?」
玄関に立っているオパエツに私は訊ねた。
オパエツは強く肯いた。
「SCSについて調べているうちに傾向が分かってきた。自然破砕の死が近づいてきた模人は、防衛反応を顧みず他人との接触が増えるんだ。毎朝殴り合っているコイツは、相当死が近い」
私はナナナが私の部屋に訪れた最後の夜を思い出した。あの日、ナナナは私の肩を掴んだ。臆病なナナナが、痛みを恐れずに。
「ヨッカ、そういう感覚、あるの?」
「知らない。もしそうだったとして、イヨは俺にもう踊るなって言うのか? 使命を捨てて、いつか来る死に震えて寝てろって言うのか?」
「……っ」
ヨッカはいつも正しい。
「ナナナの次はオマエが死ぬかもしれないんだぞ」
でも、今の私はその正しさを認めるわけにはいかなかった。
「っ」
返す言葉がなかったとしても、私の身体は頑として動かなかった。
そんな私の横面を、ヨッカは左手の甲で思い切り叩いた。私の身体は防衛反応とともに廊下の壁に叩き付けられた。
痛みに身体が縮み上がり、私は廊下に崩折れた。
「ヨッカ、オマエ」
吠え寄るオパエツに、ヨッカは脚を回して鋭い爪先を向け、機先を制した。
「俺は今日、テネスに勝って人間になる。そうしたら今月末にはテネスの家族をうちに迎えて家族選挙の充足人数を満たす。そこでオマエたちは俺に投票しろ。オマエたちの分の魂石も俺が採掘してきてやる」
ヨッカはオパエツに向けていた爪先を引き、そのまま私の横を通って、リビングからベランダへ、外に出て行った。
私もオパエツも、ヨッカを追いかけることは出来なかった。
「ヨッカは、黒だ」
オパエツは力なく呟いた。
誰かが――恐らくはマレニが、階段を上る音が聞こえた。
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