Ⅱ-8.痛み①
試合までの一週間、ヨッカの帰りはまた遅くなって、朝も早い――私たちとは顔を合わせない日々が続いた。
私はといえば、絵筆を執ればあの日のヨッカの目を描いていた。あの瞬間の胸のざわめきを、冷たい目と熱の籠もった目を交互に描くことで吐き出そうとした。部屋には何枚ものヨッカの目が並んだ。
気がつけば、部屋のイーゼルに乗ったキャンバスには『左目が冷たく、右目が熱いヨッカ』の肖像画が出来上がっていた。
「……っ」
私は震えた。なんてことはない、頭に浮かんだ二つのイメージを、画面の右半分と左半分に描いただけのこと。二枚のキャンバスを繋ぎ合わせたのと何も変わらない。そのはずなのに、一枚のキャンバスの上でそれが無意識のうちに、偶発的に起きた。
もう一枚描いたって意味が無い。それは目の前の模写でしかない。じゃあ左半分がオパエツで、右半分がマレニの絵を描く? それも抵抗感があった。
とにかく、いてもたってもいられなかった。私は部屋の中をうろうろしながら考えた。
誰かに話したい。かといって、オパエツには言いたくなかった。碌なことを言われないのは目に見えている。マレニにはこんな意味の分からない話を聞かせる気にならなかった。ヨッカは試合の直前でとても話せるような状況ではない。
そこまで考えて、私はカレンダーを見た。
とっくに今日はヨッカの試合の日だった。時計は朝の五時。もうそろそろヨッカが出発する時間だった。
イーゼルにのった『ヨッカ』が二つの目でこちらを見ている。高揚感と不安感が、私に同時に襲いかかってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます