Ⅱ-8.痛み①

 試合までの一週間、ヨッカの帰りはまた遅くなって、朝も早い――私たちとは顔を合わせない日々が続いた。


 私はといえば、絵筆を執ればあの日のヨッカの目を描いていた。あの瞬間の胸のざわめきを、冷たい目と熱の籠もった目を交互に描くことで吐き出そうとした。部屋には何枚ものヨッカの目が並んだ。


 気がつけば、部屋のイーゼルに乗ったキャンバスには『左目が冷たく、右目が熱いヨッカ』の肖像画が出来上がっていた。


「……っ」


 私は震えた。なんてことはない、頭に浮かんだ二つのイメージを、画面の右半分と左半分に描いただけのこと。二枚のキャンバスを繋ぎ合わせたのと何も変わらない。そのはずなのに、一枚のキャンバスの上でそれが無意識のうちに、偶発的に起きた。


 もう一枚描いたって意味が無い。それは目の前の模写でしかない。じゃあ左半分がオパエツで、右半分がマレニの絵を描く? それも抵抗感があった。


 とにかく、いてもたってもいられなかった。私は部屋の中をうろうろしながら考えた。


 誰かに話したい。かといって、オパエツには言いたくなかった。碌なことを言われないのは目に見えている。マレニにはこんな意味の分からない話を聞かせる気にならなかった。ヨッカは試合の直前でとても話せるような状況ではない。


 そこまで考えて、私はカレンダーを見た。


 とっくに今日はヨッカの試合の日だった。時計は朝の五時。もうそろそろヨッカが出発する時間だった。


 イーゼルにのった『ヨッカ』が二つの目でこちらを見ている。高揚感と不安感が、私に同時に襲いかかってきた。

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