Ⅰ-3.ブリンク注意報②

「マレニ、いい方法が思いついた!」


 吉報は扉を破るほどの勢いと共に、マレニへと届いた。マレニの部屋はオパエツの部屋とは違い、すっきりと整っていて、ベッドと歌唱用の譜面台、それからキーボードの乗ったデスクくらいしか目立った家具がなかった。


「思いついたって、ブリンク中でも景色を造る方法?」

「そうだ、そうだとも。とても簡単なことだった。いや、勿論簡単ではないのだが、理論的には至極単純だ。いいか、よく聞け」


 オパエツはマレニに諄々と説明した。


 マレニも目を輝かせて肯く。


「――と、これが俺の思いついた方法なのだが、どう思う?」

「すごくいいと思う」

「そうだろう、今日は四日目だ。あと三日でよりブラッシュアップさせよう。台本はこのクライマックスに向けて作ってくれ。それじゃあまた」

「オパエツ、もうひとついいかしら」


 意気揚々と退室しようとしたオパエツの背を、マレニは呼び止めた。


「なんだ?」

「実は今回、もうひとつやりたいことがあって」

「ちょっと待て」


 オパエツは手を前に出し、マレニの言葉を遮った。


「これ以上の発明リソースは無いぞ」

「うん、そうね。だから話を聞いて欲しいの。こんなのどうかなって」


 オパエツはマレニの言葉に、前へ出した手をゆっくりと下ろし、腕を組んだ。


 マレニは喉に手を当て、ゆっくりと言葉を選んで話し始めた――もとい歌い始めた。


「副団長の魅力――それは人々を魅了する力♪ 歌劇を見ていた観客が、気付けば舞台に上がっている♪ 引き込む歌を持っている♪ 歌劇団員の半分以上は使命に無関係♪ 副団長に魅了されて入った団員♪ 私は、今の私は歌劇が最初から使命だったけど♪ それでも近くで見ていて、本当にすごい、すごいヒトなの、副団長♪」


 オパエツは黙って続きを促した。


「だからね、今回の劇では、歌劇をやったことがないヒトに出てもらおうかと思っているの!」

「……」

「でもこれには、重大な問題、そう問題がある♪ あと三週間弱しかない! 稽古期間が短すぎる!」

「……」

「それにね♪ 今回はオパエツが作ってくれる仕掛けに合わせるっていうイレギュラーまであって♪ どうにもこうにも間に合わないと思うの……」

「……」

「だからオパエツ!」

「断る」


 オパエツはマレニが言い終わる前に即答した。


 マレニは歌劇の中で盛り上がり、掲げていた両手を下ろし、首を傾げた。


「まだ何も言ってないでしょ?」

「全部言ったようなものだ。俺に出ろと言うのだろ? 絶対に断る。断固断る」


 オパエツはドアノブに手を掛け、そのまま部屋を出た。


 マレニはそれを追いかけ、一階へと降りて強く閉められたオパエツの部屋の前で歌った。


「ねぇ、アナタの素敵なアイデアをみんなに見せましょう♪ きっとみんな驚いて素敵な気持ちになると思うわ♪」


 しかし、返事はなく、扉はピクリとも動かない。


「気持ちを歌に乗せるの! 難しいことなんてないわ! ラ♪ ラ♪ ラ♪ ラ♪」


 手をどれだけ高く上げても、返事はない。


「ねぇ、オパエツ。悪かったわ! でも、新しい何かに挑戦してみるっていうのも」

 マレニが言い終わる前に、それまで全く動かなかった扉が、ゆっくりと開いていく。


「オパエツ……」


 そこにはオパエツが、静かに立っていた。


 オパエツはマレニを睨みつけた。そして、自分の喉を触ってから、深く深呼吸をして、話し――歌い始めた。


「歌わねば、おまえに響かぬと言うのならァ……存分に聞くがいい! 恥ずかしさ? 挑戦? そんなものは問題ではない♪ 私は怒っている! お前は間に合わないことが分かっていた♪ その上で! 俺を壇上に上げることまで織り込み済みだっただろう♪ 歌で自分の心をもっともらしく伝え♪ 歌で自分のペースに合わせさせる♪ そういうのを、そういうのを『歌えばなんでも自分の思い通りになると思っている』って言ったんだ!」


 身振り手振りの大きなオパエツの激唱に、マレニは言葉を失った。


 オパエツは肩の力を抜き、元の調子に戻してマレニに呟いた。


「俺から言えるのはそれだけだ」


 オパエツが閉めようとした扉を、マレニは掴んで引き留めた。オパエツはマレニの手を見て、ドアノブから手を離した。


「なんだ?」

「ごめんなさい」


 抑揚のない、それは平板で、それでいて小さく震えた声だった。


「わた、私は、どうしても……副団長を送り出したかった。自分の作品で、自分が素敵だと思ったことを、伝えたかった。そ、それが分かってもらえれば、オパエツは助けてくれるって、思っていた。オパエツだけじゃない。私の昂ぶる気持ちを伝えれば、みんな喜んで手伝ってくれるって」

「甘えだな」

「そ、そう。甘えてた」


 マレニの声の震えが、歌いそうになるのを抑えてのことだと、オパエツは察した。


「でも、どうしても、副団長の公演は成功させたいの。誘導するようなことをして、ほ、本当に悪かったと思っている。でも、でも、オパエツの力を貸して欲しい。オパエツがいないと、この公演は出来ない。お願い! お願いします!」


 マレニは頭を下げ、懇願した。


 オパエツは開いたままの扉をノックして、マレニに顔を上げるよう促した。


「最初からそう話していればいい。自分の悪癖を自覚したのなら歌ってもいい。やり方を考えるのは、俺も楽しかったからな」

「オパエツ、じゃあ」

「なんでも言わせようとするな。表現主義者め」


 マレニはその場で回り、踊り出した。明るく、世界を彩るように。


 オパエツもつられたように、調子をつけて語りかける。


「なにか、他に隠していることはあるかァ? とんでもないことだったら今言っておけ♪」

「隠していたわけではないのだけど、ひとつ思いついていることが♪」

「それはきっととんでもないな♪」

「これまでのやりとりを劇にしたいわ!」


 二人は舞台上で激しく回った。


 瞬間、劇場の壁伝いに小さな光が瞬き、星の如き輝きに包まれた。


 私も、隣に座るナナナとヨッカも、客席にいる全ての観客から歓声が沸く。


 夜空だ。


 ブリンク中で岩だらけの劇場に、星の瞬く夜空が現れた。


「たとえ世界の色が失われようと♪ どんな虚像が取り払われようと♪ 私たちは輝き続ける♪ その輝きを胸に、私の色は、何色に見えますか!」


 岩の姿のオパエツとマレニは回転からピタリと止まり、天に腕を上げた決めポーズをとった。二人の胸にも光が輝いていた。


 喝采。


 そして――奇跡のようなタイミングで――ブリンクが終わった。


 私たちは、WRを取り戻した舞台上の衝撃の光景に、叫び声を上げた。

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