ころし屋とれんちゃん
玉置寿ん
第1話 返り血とココア
「へえ、こりゃヒドイね」
私の声に、奥さんと旦那が手元の写真をのぞきこんだ。
「ほんとだ。ひと思いにやってないんだね」
「なるほどな、浅く何度も、痛みに苦しめてからの、ドンか」
机にある、もう一枚の写真を指さして、奥さんはつぶやいた。
「まだ若いじゃない……。れんちゃんと同じくらいかしら」
つかの間の沈黙。奥さんは慌てて写真から手を離した。
「ごめんね、ただの感想なんだよ」
「大丈夫。わかってるから」
私は奥さんの手を両手で包んだ。あの日、怖気づいて泣きかけた私に、そうしてくれたように。それから旦那のほうを向いて再確認。
「つまり、この黒髪ちゃんを、こっちの写真の子みたいにすればいいのね?」
旦那は黙ってうなずく。
さっき奥さんが「まだ若いのに」とつぶやいた写真には、二人の女の子が写っている。そのうち、綺麗な黒髪をシュシュでひとつに結んでいる子に、赤マル。つまり、
タガギミサちゃん、明城高校の三年生。よく使う道は、駅前のクレープ屋を右に曲がる細道。だけど友人といることが多く、単独で狙うのは困難。だから私たちに依頼がきたんだ。
私は殺し屋の娘、大和れん。二年前に家出して、偶然出会ったここの旦那と奥さんのもとに転がりこんだ。
もともと普通の家で育った私が、どうしてこの生活に馴染めたのかなんて、わからない。そんなの、どうだっていい。私はここが好きだもん。腕利き自慢ばかりだけど頼りになる人殺しの旦那と、ちょっと心配症だけど優しい人殺しの奥さんが大好きだもん。
布団が二枚敷けるだけの小さな部屋にはボストンバッグとトランク、A4サイズのローテーブルに電気スタンド。これらが私の所持品だ。
トランクの鍵をあけて、仕事用の黒い革手袋を両手ですくいあげた。次に内ポケットからナイフを取り出して、刃のコンディションをチェック。
来月末、私は人の命を奪う。
タガギミサちゃんが狙われた理由は、とある極道が門下生を、敵対するヤクザに忍びこませ間諜をさせていたから。見せしめに、その姪を殺そうというものだ。
不条理、アンフェア、非人道的、それはわかってる。だけどそれじゃあ、他にどうすればよかった? 生きるか死ぬかの分かれ道で、私は生きるほうを選んだ。それは間違いだった?
なんて、考えても仕方ない。
顔に垂れた長い前髪をゆるく耳にかけ、依頼内容の再確認を行う、これは、実行日まであと十回はしなければならない作業。
殺し屋に二度目はない。万一失敗するようなことがあれば、そのときは私はおろか、旦那も奥さんも物理的に首をちょん切られてしまう。罪を犯すとは、そういうこと。
それでも私はここに居座る。私が生きたいと思える場所は、ここだけなんだ。一度「生きる」と決めたなら、その決意は大事にしなくちゃダメなんだ。
*****
「れんー、行くぞ」
十月の、もう寒くなってきたころ。旦那は黒スーツの上から大きなロングコートを羽織って、奥さんはグレーのセミフォーマルに迷彩色のシャカシャカを着て、玄関で待ってくれていた。
しばらくは三人一緒に歩いて、駅前のクレープ屋が見えてきたところで、私だけ立ち止まり待ち合わせのふりをする。こういうとき、セーラー服を着ていると怪しまれないから便利だ。
やがてミサちゃんとお友達の姿を確認すると、彼女が通る道に移動。そのときは、ミサちゃんの様子や持ち物を観察し、覚えておくと安心。
ターゲット自身が、どこまで自分の立場を知っているかわからない。命を狙われる可能性を理解して周囲に護衛をおいていることだってある。わざと何かを落としたり、カバンを持つ手を変えたりして異常を知らせるなんて手段は、実際にあるものだから。
奥さんと旦那がお友達を引きとめてくれたおかげで、予定通り、ミサちゃんは一人で細道にやって来た。
――カバン、OK。キーホルダー、OK。ブレスレット、OK。
彼女のおろした髪が、風になびいて耳をのぞかせる。
――イヤリングはなし、OK。
となれば、決行だ。
右肩をつかんで振り向かせ、その流れに沿ってお腹に突き立てたナイフを横にすべらせる。これで大部分がえぐれたはず。それから依頼通りに、太い血管を避けて浅い傷をつくっていった。
――「トドメは首だぞ」
初めてナイフを手に動物と向かいあったとき、旦那はそう念を押した。
――「俺たちは殺すことを目的としている。傷つけるだけじゃ仕事にならん」
わかっている。慣れないうちから心臓を狙っても、骨にぶつかったり、微妙にズレたり、そんなことがあれば――。
私は子どもだ。どんなに犯罪を重ねていようと、その立場は十七歳の弱小な少女。守られるしかできない存在ならば、せめて守ってもらわなくてもいいようにしたい。
気がつくと、ミサちゃんはもう動いていなかった。
あの頃は一番苦手だった後始末もさっさと終わらせて、合流場所に向かう。以前に一度だけ、服についた返り血そのままで表世界に出てしまい、奥さんが蒼白になっていたのを思い出した。
「おーい」
と声をかけると、
「はーい」
って声が返されて、来たときと同じように三人で帰る。
家に戻ったら、奥さんがスパイス入りのココアをいれてくれるだろう。それを飲みながら、旦那のつけるラジオを聴く。これが仕事後の楽しみなんだ。
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ころし屋とれんちゃん 玉置寿ん @A-Poke
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