思いつき怪談

小丘真知

あんこう

ウチの島では、11〜12月にあんこう食べるのは禁止なんです。

あ、禁忌か。

禁忌なんです。

昔っからの伝統ですね。

そりゃあもう、ウチらのじい様ばあ様にうっかりあんこうの話なんかその頃にしたらもう、エライ剣幕でどやされますから、ええ。

いやね、ただの伝統というかおとぎ話というかね、そういうもんではないってことはアタシも分かってるんですよ。


ってのはね、アタシはこの目で見たことがあるんです。

あんこうを。


いや、当たり前でしょってね。

こうしてしがない漁師やってりゃ、あんこうの一つや二つどころか、もう網にかかってしょうがない時もありますから。

何を馬鹿らしいことをくっちゃべってんだって思うでしょうけど、違うんです。


一回ですね、アタシらが住んでた部落で、人が大勢死んだことがあるんです。


酷いもんでしたよ。

最初は、アタシがガキの頃住んでた二つ隣の堀さんの家でした。

そこのじい様が突然、夢にうなされ始まって。

夜中に「あんこうじゃあ!」って叫びまくってね。

そうかと思ったらぼっくり逝っちまって、なんだなんだって思っていたらその堀さんとこ、次から次に死んじまったんですよ。


もちろん村の連中はみんな分かってました。

でももうね、一回あんこうが人集めし始まったら止め方は分からないんですよ。

あ、村ではそうやってバタバタ人が死ぬことを「あんこうの人集め」って呼んでましてね。

始まったらどうやってあんこうから引っ張られねえようにするかを考えるしかないんですわ。


いやもう大変なんてモンじゃねえよ。

お袋はもう半狂乱になって親父にせっついて、お祓いやら塩囲いするやらでもう、海の仕事そっちのけですよ。

あ、「塩囲い」ってのは、人集めが始まったら家の四方を盛り塩とおかみさん、おかみさんってのは村の神社様なんですが、そこで書いてもらったお札を塩に刺しておいて、3日3晩家から一歩も出ないであんこうが海に帰るのを待つしかないんですよ。


ウチもそうやって凌ぎましたけどね。

島の外れに住んでた従姉妹は、籍を抜いてましたよ。

これが不思議なことに、村以外の人には何にも起こらない。

たま〜に島の親類とか、遠く離れた孫だとかは来ますけど、この人らには何んにも起こりません。

だから、疫病ではないんです。


なんかこの、村の連中の、何かなんですよね。


で、アタシの家族は家ん中で震えてましたけども。

アタシは九つのガキでしたから。

もう、怖くないそんなもんっなんてね、強がってまして。

一緒になってガタガタしてたら妹たちにしめしがつかないでしょう。

親の目を盗んでそーっと、外を覗いてみたんですよ。

あれは、もう夜中も夜中でしたね。


そうしたらですよ。

真っ暗な道なんですよ。

街灯もないんです、当時は。

真っ暗で何も見えないはずなのに。



それよりも真っ黒な。

真っ黒い布を頭から被った何かが歩いているんですよ。



袖口から出てた腕は、真っ白。

ありゃ、骨でしょうな。

今考えると。



まあ、つまり骸骨が歩いてるって、はっきり思いました。



そのままアタシは卒倒したみたいでね。



翌朝、母親に叩き起こされて、大目玉をくらいました。



いわゆる、死神ってやつでしょう、あれは。



幸い、ウチでは何事も起こりませんでしたが。

アタシと従姉妹と、おかみさんと、あといくつかの家を残してみんな、引っ張られてしまいました。

運が良かったのは、最初が堀さんのじい様だったことでしょうなあ。

根性出したんですよ、じい様が。

あのじい様が、「あんこうじゃあ!」って叫ばなかったら、ウチも間に合わなかったでしょうから。


まあ、そんなわけで。

ウチの島ではあんこうが禁忌になる時があると、そういうわけです。


あ、ウチが助かったのは不思議だって?

まあ、そうですよね。

姿を見といて何もないってことはないですから。






これ、見てください。






アタシの左目、義眼なんです。






分かりました?






次の人集めに担がれないように、とっちまいましたよ。





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