寝取られと、真実の愛

朝凪 ひとえ

第0話 あの夜から全てが歪んだ

その夜、彼女は泣いていた。

なのに、その涙は、どこか――安らかだった。


髪は乱れ、唇は微かに濡れていた。

シャツのボタンがひとつ、外れていて。

その隙間から覗いた肌が、まるで“何かを終えた”後のように見えた。


そして俺は、何も聞けなかった。

なぜ泣いているのかも、どこに行っていたのかも。


ただ、彼女の隣に座り、

震える指先をそっと握ることしかできなかった。



しのは、静かに笑った。


「……ねえ拓海。

 もしわたしが、誰かに抱かれてたら――それでも、好きって言ってくれる?」


呼吸が止まった。


冗談にしては、言い方が優しすぎた。

本音にしては、あまりにも穏やかすぎた。


「……何言ってんだよ、それ」


精一杯、笑おうとした声は、うまく震えを隠せなかった。


でもしのは、笑ったままだった。

何も答えず、俺の手を握り返したまま、目を閉じた。



この日から、

俺たちの“普通の恋人関係”は、少しずつ、別の形へと変わっていった。


愛してる。

でも、それだけじゃ、彼女を救えない気がした。


そして俺はまだ、

彼女が抱えていた“寂しさの正体”を、何も知らなかった。

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