最終話

「では、文化祭の出し物は劇に決定ということで」

 教室をぱらぱらとやる気のない拍手が舞った。

 具体的な演目の案が出ないうちにチャイムが響き、先生は言う。

「何か案を思いついた人は職員室の私までお願いします。

 オリジナルでやりたい場合は脚本を書いてきて下さい。去年の深山さんのように小説の形式でも良いですよ」

 彼女の名に心臓が大きく跳ねる。黒板に劇と書かれた瞬間から目はつけていた。去年の再現が起こる可能性に。

 堀田さんが見せてくれた映像が浮かんでしまって口を結んだ。

 太陽へ首をもたげる向日葵のように起き上がりかけた一縷の望みを丸めて捨てる。喉に苦みを覚えながら、私には出来ないから、と。



 あ。

 給食のスープに映る自分が口をぽかんと空けてる。クラスに食事の音だけかちゃかちゃ響く中、それは壁の掲示物を見てぱちんと音がしたところから始まった。

 あたし、書くことが降ってきた時の感覚が好きだ。

 頭の奥で思いつきと思いつきがぶつかって火花が散る。その一瞬のきらめきを掬い上げ、かざしてみると、どうしよう。心がそわそわ震えてて。

 景色が、頭の一番手前に焼き付いてしまった。

 去年の文化祭の景色のようで違う。“山神四中の秘密の鍵穴”が、今思いついた物語に置き換わったものだった。



 唸る。書きたいものが降りた。それだけなら良い事なのに、なんで今なのか。

『去年の深山さんのように小説の形式でも良いですよ』

(話を考えてるだけだ)


 ベルトコンベアに運ばれるように給食を下げるクラスメイトを順番に検品して、ほら、私の気持ちも考えも彼らに通じるわけがないと確かめ、切り捨てていたのに。

 意地悪にも深山さんが前を通った。見かねて反例を寄越すみたいだ。

 この子も、同じ趣味を持ちながら私とは違う。だけどあの日は共鳴した。底に秘めたものが同じだったから。


 分かってるんだ。

 今談笑している女子も、バカなあの男子も、彼女と同じだ。皮を剥いだ中身を私は語れない。

 彼女と私のように、もしくは私と私を救った小説の作者のように、違う人間同士の気持ちの底に少しでも同じ水が流れることは、ある。

 多分、創作というのは、その井戸を漕ぐ力を持ちうる。

 そんなものを私も創れたら。私の創ったもので、交われない誰かに触れたら。

 いよいよ目を逸らせなくなった。無理だと分かるのに、その美しさに、無理な可能性すら無視できる程の価値を見てしまった。



 目的地を目の前にして、なに向かってんだと思う。

 ついさっきの思いつき、本文どころか具体的な部分は何一つ決めてない。でも今行かなきゃ後悔するぞと、あたしは自分に急かされている。

 そんな勇ましい決意は、目の前の角で薄い色の髪が揺れた時ぷしゅと萎んだ。

 しゃなりしゃなり、汐崎ジェナが歩いてきた。青い眼の先に──職員室。

 タンと足を戻したら、その音で奴とあたしの視線がぶつかった。最悪だ。眉間を潰しながら、同じことするつもりなのだと一目で分かってしまう。


「ねえ、そっちも劇の?」

 頷いた汐崎の拳が固く握られていて、おや。そりゃこいつもビビってるかと安心しかける。

「困ったね。脚本、一つじゃなきゃ駄目だろうし。合作する?」

 いいねってヘラヘラ笑おうとして、ぬるま湯に逃げようとしてるあたしに気付いた。


 だって相手はあたしより上手い。勝負になれば、クラスメイトに投票とかさせたら恥かく結果になってしまう。そもそもこんなあたしが良いものを創れるはずが。

 劣等感と弱っちい気持ちが這い上がって、悔しさがジリジリ迫ってきて、


 あたしはそれをバネに顔を上げた。みっともなく眼を光らせ、喉を鳴らす。

「それは出来ない。どうしてもやりたい話がある」

 嘲笑した。何で言っちゃうかな。

 でも、言わずにいるのは無理か。

 汐崎がハッとしてあたしを凝視する。

 やがて稲穂が揺れるように笑みを零した。


「奇遇だね。私はさっき急に思いついて……私も、原作はそれで譲れないと思ってる」

 開いた窓の風に、同じ色のスカートがはためく。

 くすぐったくておかしくて笑いした。だって。

 あんなに怖がってたのが一瞬の衝動で覆るなんて、あたし達はバカだ。


 自分か、読者か、承認欲か、ただの楽しさか、感動を与えたいのか。今何のために創りたいかなんて分からないままだ。そんな濁りで良いと思えた。


 夏が大きく息を吸う。

 諦められない事実だけが答えをくれる。

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誰がための物語り 曙山葵 @taima_tsuAM

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